中国から日本への送金では、「地下銀行」をはじめとする非正規のルートが使われるケースもある。

中国人による爆買いならぬ不動産「爆建て」計画が進み、中国系住民の存在感が強まるエリアが地方にも現れ始めている。

日本の大手デベロッパーも、中国からの資産転移を意識した不動産戦略を模索しはじめている―。

そんな、知られざる「中国人」の実態をリアルに描き出したノンフィクション書籍、『潤日(ルンリィー):日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』(東洋経済新報社)が、いま不動産界隈で注目を集めている。

著者である中国・東南アジア専門のジャーナリスト・舛友雄大氏。約2年かけて100人以上の中国人に取材し、中国で地位も資産も築き上げた人たちが、母国から逃れるように日本にやってきている現実をつまびらかにした。

今の中国人移住者の波は、「これまでとはまったく違う」という。中国の富裕層はなぜ日本に来るのか。彼らによる不動産業界への影響は?舛友氏に話を聞いた。

不動産業界で話題騒然の「潤日(ルンリィー)」

—著書「潤日」では、中国の富裕層が日本に移住している実態がリアルに描かれています。執筆のきっかけを教えてください

日本人に中国の実態を知ってほしい、と思ったのが始まりです。

私はアメリカの大学院を卒業後、中国・北京の経済メディアで働いていました。勤め先でも当時住んでいたシェアハウスでも、現地の人たちとやりとりすることが多かった。そんな環境だからこそ、中国人の本質をよく知ることができたと思います。

その後東京に引っ越してきてからも、中国をウォッチ・発信し続けています。そんな中、日本では近年「中国=悪い」というイメージがもはや定着してしまい、嫌いを通り越して無関心になっている人すらいると感じていました。

そこでいま日本に移住してくる富裕層の中国人の全体像や、そもそもなぜ彼らが中国から移ってくるのか、現状を冷静に考えるきっかけにしてほしいと考えました。

本屋に行くと、だいたい中国関連の本棚は赤色と黒色ばかりで、内容も危機感をあおるおどろおどろしいものが多いんですよね。それもあり私の場合は、特に「さらっと書く」ことを意識しました。

—SNSで不動産投資家が絶賛するなど、不動産業界ではかなりの話題書となっています。この反応をどのように受け止めていますか

私としても、Xなどでの盛り上がりを見てすごくびっくりしました。想定外でしたが、この本を分析や報道ではなくノンフィクション形式にしたのも「より多くの人に届けたい」ためだったので、本当にありがたいことです。

ただ改めて考えてみると、中国の富裕層の行動は、いま日本の不動産界隈に大きなインパクトを与えています。不動産に携わる人の関心が強いのは、思えば納得できるものでした。

発売から2カ月で重版4刷が決定し、不動産界隈でも話題のノンフィクション書籍『潤日(ルンリィー):日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』

ステレオタイプから外れた新移民

—著書のタイトルにもなっている「潤日(ルンリィー)」とは何でしょうか

「潤」は、日本語の「潤う」と同様、もともと「儲ける」という意味を持っていました。中国では「ルン」と発音するのですが、それが英語の「Run」に通じることから、よりよい暮らしを求めて海外に移住する人のことを指すようになりました。

つまり「潤日」とは、中国を脱出して日本にやってくる人たち、という意味です。「潤」する人たちは、中国の政治や社会、経済が悪化していると感じ、資産を持って国を飛び出すのです。2022年の上海でのロックダウン以降、この流れが加速しました。

日本だけでなく、タイやシンガポール、カナダやアメリカにも「潤」する人たちがいて、グローバルな現象になっています。

—「潤日」に着目したきっかけを教えてください

1つは知人が北京から相次いで東京に引っ越してくるようになったこと。そしてもう1つが2022年11月に中国で起きた「白紙運動」でした。

中国政府のゼロコロナ政策への抗議デモである白紙運動は、やがて中国全土に広がり、日本でも大規模な集会がありました。

そこで見た「反中国政府的」な中国人は、これまで日本に来ていた中国人のイメージとはかけ離れていました。新しいタイプの中国人が来るようになったのではと感じたんです。

日本でいわば「ステレオタイプな中国人」としてイメージされるのは、1980年代以降に中国の改革開放政策によって留学や出稼ぎ、就職などの目的で日本に移住してきた「新華僑」と呼ばれる中国人だと思います。

―新華僑と潤日では具体的にどのような部分が異なるのでしょうか

新華僑の人々は政治には無関心か、反対に中国政府に対して中立的・協調的な姿勢をとる人が多かった印象です。一方で、潤日の人々は政府と距離感がある点が目立ちます。

また、新華僑の人々は日本社会に溶け込むため必死に日本語を習得しましたが、潤日の中には日本語習得に強い関心を示さず、日本社会からは孤立してネットで繋がる中国人コミュニティに属している人々も多い。

そのほか、新華僑の時代には日本の方が経済規模が大きかったですが現在は逆転しており、潤日の人にとっては日本の物価はそこまで高くないなど、さまざまな点に違いが見られます。

—日本では「ステレオタイプな中国人」のイメージが今でも根強いのでしょうか

そうですね。世代によっては、従来の印象が残っているケースもあるように感じます。私自身、子ども時代には「中国人」に対するややネガティブな先入観がありました。

しかし潤日の人たちは、かなりグローバルな視野や欧米的な視点も持っていて、そのイメージは昔抱かれていた中国人像とはだいぶ異なると思います。

特に都内では、「お金を持っていそうで、外見も洗練された中国人が増えた」と感じている人も多いのではないでしょうか。子どもがいる人であれば、自分の子どもと同じクラスに、中国にルーツを持つとても優秀な同級生がいるケースも少なくないはずです。

中国の住宅基準とのギャップに驚く声も

—なぜ、中国の富裕層は日本を選ぶのでしょうか

圧倒的な理由は「コスパ」です。潤してきた中国人の半数くらいは東京に住んでいる印象がありますが、東京はサービスやエンタメの質を含め、生活の質が高いわりに、北米やヨーロッパと比べるとかなり物価が安い。

コロナが収束して以来、世界的に物価高が進行しましたが、日本は比較的ゆるやかな物価高にとどまりました。最近の円安も、日本の割安さに拍車をかけています。不動産についても、かなり割安だと捉えられているようです。

—中国人富裕層にはどのような不動産が人気なのでしょうか

いろいろなパターンがあるようです。「富裕層」と言ってもまた層が分かれ、企業の創業者などの超富裕層なら都内で大きなビルを複数持っていたり、リゾート地で不動産プロジェクトを展開したりすることもあります。

もう少し資産規模が小さいと、10~20戸程度のマンションを丸ごと数億円程度で購入するケースが増えます。マンションなら「民泊事業を行う」と申請すれば経営・管理ビザもおりやすいですからね。

アッパーミドルクラスでは、都内のタワマンを区分で買うといったイメージです。

最近では、一軒家を買おうとする動きも出てきています。中国の大都市では、ほとんどの人が集合住宅に住んでいるので「一軒家」というだけですごくプレミアム感があるのです。

—間取りや内装などでも、中国人が好む傾向はありますか

やはり「広さ」でしょうか。潤日の人たちは、北京や上海では100平米以上の物件、あるいは超富裕層であれば200平米を超える物件に住んでいることが珍しくありません。

でも、日本では広い物件がなかなか出回らない。そのことに不満を持っている人もいます。

あとはバスルーム。中国人超富裕層にとってはバスルームが2つあるのが普通で、「なんで日本の物件はある程度広くても、バスルームが1つしかないんだ」と不満げなのが印象的でした。

また、車で移動する人が多いので、車を出しやすい構造になっている駐車場も好まれます。

戸建ての場合はゴミ出しに地域のルールがありますが、ルールがわからず隣人とトラブルになる例もあり、「なるべく隣と距離がある物件がいい」と要望する中国人もいるようです。

世界の物件を見ていると、どちらかといえば中国的な考えの方がグローバルスタンダードのようです。日本は国土が狭いなどの関係もあり、住宅事情が独自の進化を遂げてきたのかなと感じています。

非正規の送金ルートでキャッシュ買い

—居住用ではなく投資用だと、中国人はどのような物件を買う傾向があるのでしょうか

居住用もそうですが、やはりタワマンを買う人は多いようです。不動産仲介業者に聞くと、日本の大手デベロッパーが建てたタワマンは安心感があり、移住せずに中国にいながら投資するケースもあるとか。

中国人にも人気のタワマンが林立する江東区(撮影:舛友雄大氏)

ただ、タワマンに限らず、築30~40年の築古マンションから築浅マンション、駅近ワンルームなど投資対象になる物件はさまざま。投資金額も数百万円から数億円まで幅があります。

最近では、都心から少し離れたエリアに戸建ての物件を買うケースもあるようです。

—中国人の不動産購入というと「現金買い」のイメージも強いかと思います

確かに、キャッシュで買う人が多いですね。日本に来たばかりでは資産があっても、ローンを組むのが難しい。そもそも、銀行口座を開設するのにも一苦労する。そのためどうしてもキャッシュ一括になりがちです。

ヤミ両替商である「地下銀行」を通じて日本円を手に入れ、お金を振り込むケースもあります。

―地下銀行とはどういうものですか

中国の元と日本円を両替してくれる場所で、親しい人からの紹介が必須のようです。私も存在を知って、紹介を装い潜入してみました。実際に両替はしていないのですが。

中国では海外送金の制限が厳しくなってきており、毎年5万ドル(約750万円)までしか持ち出せないうえ、銀行に送金理由をきかれて断られることもあります。そこで、在日中国人が営む地下銀行で手数料を支払い、中国の元を円に両替してもらうのです。

実際に地下銀行を利用した中国人に聞いた話では、地下銀行で日本円の現金を受け取り、中国のいくつかの銀行口座にそれぞれ指定された額の元を振り込むようです。

こういった非正規ルートの利用は、日本人からすれば異様に映るかもしれません。しかし、私も今回の取材を通して初めて知りましたが、中国の地下銀行には長い伝統があります。

中国人的な感覚からすると、地下銀行という存在はわりと普通に受け止められるようです。

—物件情報を手に入れるルートも、独自のものがあるのでしょうか

中国系の不動産業者を利用している方がほとんどだと思います。

都内だけでも、中国系の不動産会社が大小合わせて数百ほどあると言われています。その業者が中国人スタッフに宅地建物取引士の資格を取得させるなど、競争が激化しています。

あとはSNS。日本人が住宅を探すときは、まず不動産サイトを見ることが多いですよね。しかし中国では、たとえば中国版Instagramと言われる「小紅書」や中国版TikTokの「抖音」などに上げられた写真やショート動画を見て探すほうが、圧倒的に多いんです。

そのほか、知り合いや親戚から物件情報を手に入れる人もいます。中国人は日本人よりも日常的に不動産の話をするので、そういったルートも存在するようです。

「潤日」という新しいタイプの中国人移民は、不動産の分野を含め、日本社会にさまざまな変化をもたらしつつある。

さらに、都市部における中国人富裕層の不動産購入のみならず、中国系企業が地方エリアで不動産を「爆建て」する動きも見られるという。その実態は一体どのようなものなのか―。

不動産をめぐる中国人の最新の動きをはじめ、増え続ける「潤日」層に日本人はどのように向き合うべきか。続く後編の記事で、舛友氏に詳しく語ってもらう。

舛友雄大

中国・東南アジア専門ジャーナリスト。カリフォルニア大学サンディエゴ校で国際関係の修士号を取得後、中国・北京の経済メディアで国際ニュースを担当。シンガポール国立大元研究員。アジアのいまを、日本語、英語、中国語、インドネシア語の4カ国語で発信中。

(楽待新聞編集部)