
現地から弥彦山を望む
アウトドア用品業界で近年、急速に存在感を高めてきた「スノーピーク」。そんな同社が、「まちづくりプロジェクト」を手掛けていたことはご存じだろうか?
新潟市西蒲区では、大規模な分譲住宅地「野きろの杜」が2022年に誕生した。ところが、いまだに分譲区画の空きが目立つなど、売れ行きが思わしくないようだ。
コロナ禍の戸建てブームから一転、「戸建て不況」となった世相を象徴するような本事例。今回は、そんな「野きろの杜」の現状を見てきた筆者が、販売不振の理由を探った。
スノーピークが乗り出した「住宅開発事業」
まずは、スノーピークが住宅開発に参入した背景を振り返ってみよう。
スノーピークは1958年、創業者である山井幸雄氏が新潟県内のものづくりの街として名高い「燕三条エリア」に金物店を創業したことに始まる。
幸雄氏が生粋の登山家であったことから登山用品を手掛けるようになり、二代目社長となった山井太氏による「オートキャンプ」のブランド化によって大きな飛躍を遂げた。

PHOTO:PIXTA
2014年の上場後は順調に拡大を続け、2022年にはコロナ禍でのアウトドア需要の波に乗り、売上300億円を超えるまでに成長した。
戸建て分譲地での住宅開発事業は、2018年竣工の「天野エルカール(新潟市江南区)」が初。翌2019年の「山形エコタウン前明石(山形市)」に続いて、「野きろの杜」は3例目となる。
野きろの杜は、地元の不動産会社や建築事務所との協働事業として、JR越後線岩室駅から徒歩5分の場所に開発された。
住宅に「野遊び」の要素を取り入れる「アウトドアリビング」や広場をスノーピークが監修した。

野きろの杜の最寄り駅「岩室駅」(筆者撮影)
2万平米超の広大な敷地に、住宅地34区画を分譲、賃貸住宅を8世帯、商業施設とコミュニティ広場、ゲストハウスを建設する計画で進められた。
当初予定されていた街びらきは2022年10月であったが、2023年4月にようやく商業施設が入りグランドオープンに漕ぎつけた。
野きろの杜の現在
筆者は3月下旬、野きろの杜を訪れた。この日は、集客イベントが開催されていたが、天候のせいもあってか訪れている人はまばらだった。
樹木が多く茂った街をイメージしていたが、それほど多くなく、柵で不自然に区切られたエリアの中央にコミュニティ施設が設けられ、その他の土地は細かく区画されているといった状況だ。
イベント会場では街のガイドを兼ねたモデルハウスなどを見学するツアーが実施されていたので、筆者も参加してみた。

ウッドデッキと開放的なリビングが特徴のモデルハウス(筆者撮影)
モデルハウスとして公開されているのは2軒。販売価格は3980万円と2980万円、いずれも約60坪の敷地に立つ物件だが、延床面積は前者のほうが約30坪と後者よりも5坪広く、高級感のあるつくりだ。
まず、新潟県産の安田瓦と真っ黒な焼杉を使った外装が目を引く。さらに、キッチンを中心に回遊できる構造となっており、2階まで吹き抜けたホールとキャットウォークがおしゃれ感を醸成している。
後者はシンプルではあるが、クロスを一切使わない板張りの内装と、ウッドデッキと一体化した開放的な広いリビングが特徴的だ。
浴室、トイレなどを2階に備えることで生活を2階で完結できるつくりとし、お客を大勢招く生活スタイルを意識していると感じた。
実は、野きろの杜の家づくりにはコンセプトに沿った街づくりを維持するための細かいガイドラインがある。
1つは、「屋内リビングと敷地内の庭先を接続する空間には、中間領域を設けること」というもので、土間リビング、ウッドデッキ、庭、いずれか1つの設置が必須となっているのだ。

モデルハウスの周囲にも塀はない(筆者撮影)
このほかに「隣地との境界には境界ブロックを禁止するほか、生垣や柵・塀を可能な限り設置しない」というルールがあり、隣の家との間に壁などの遮蔽物がないのも大きな特徴だ。
販売不振の理由は
グランドオープンから2年が経過しているにもかかわらず、実際に住宅が建てられている区画はまばらだ。
関係者にヒアリングしたところ、34区画の分譲地のうち、売れているのはまだ13区画。その13区画もまだすべて住宅が建築されているわけではないではないという。

空地が目立つ分譲区画(筆者撮影)
理由はどこにあるのだろうか。考えられるのは以下の3つだ。
1.高い価格設定
まず、シンプルに価格が高いということが挙げられそうだ。例えば、野きろの杜の最寄り駅である岩室駅近辺の新築戸建てで現在売り出されている物件を見てみると、そのほとんどが敷地約40坪、延床約30坪で2390万円である。
西蒲区全体の新築戸建てと比べても、西蒲区で最も利便性が高いと言われる巻駅周辺で、敷地約50坪、延床約30坪で2780万円の物件が売り出ている。
これらと比べると、敷地60坪とはいえ、3000万~4000万円の野きろの杜の物件は割高感があると言わざるを得ない。
2.「西蒲区」の人口減少
西蒲区は、新潟市内で人気が低い地域であることも一因だろう。2022年の国勢調査の統計をみると、西蒲区の過去10年間の人口減少率は6.3%であり、市内の行政区の中で最も人口が減少している。
さらに、JR越後線の本数も西蒲区に入ると一気に減るなど、利便性が低いことも影響していると思われる。
3.消費者ニーズとのギャップ
家にいながら自然を楽しめるライフスタイルと、そこに生まれるコミュニティを重視するというコンセプトは独自性もあり良いものだ。
しかし、土間やウッドデッキなどの設置が必須、かつ隣の家との境界をつくれない点は、多くの人の共感を得にくいと想像する。
窓を開けたらすぐに他の家の人たちと交流という生活環境は、プライバシーの観点からもハードルが高いだろう。
メイン事業の不振も影響か
前述の物件の特徴にまつわる問題に加え、スノーピークのアウトドア用品事業の不振も影響していると考える。
2022年12月期までは順調に業績を伸ばしていた同社は、2023年12月期には、親会社ベースで営業利益が99.9%減となり経営が急激に悪化した。
コロナ禍以降のアウトドア特需が落ち着いて売上が減少したことに加え、国内既存店や米国法人の固定資産への投資を減損処理したことが原因だ。
そして、決算発表の直後の2024年7月、上場廃止が発表された。
同社の上場廃止は、米国投資ファンドの助けを借りたTOBによるMBOという形を採用しており、オーナー経営陣の都合によるところが大きいとの指摘もある。
いずれにしても、スノーピークの経営方針が、メイン事業の不振で今までの拡大路線から大きく方向転換したことは否めず、それが住宅開発事業に影を落としている可能性もある。

PHOTO:PIXTA
西蒲区には新潟県でも由緒ある温泉地「岩室」があり、弥彦神社や弥彦山など人気の観光地にも近い。
これら観光資源に加え、「利便性よりも自然環境」「近隣住人とのコミュニケーションの楽しさ」などに価値を置く人々にどこまで本物件の魅力をリーチできるかが、挽回の大きなカギになるかもしれない。
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