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アメリカのトランプ大統領による一連の関税措置で、世界の株式市場は乱高下を繰り返している。

トランプは世界中を相手に、自国に不利益になっている(と信じている)貿易収支を改善することに血眼になり、対する諸外国首脳は、これがトランプ得意のただのディールであるのか、本気で仕掛けてくるのか疑心暗鬼に陥っている状態だ。

株式だけならともかく、米国債の急落を受けて、さすがにトランプも焦りを覚えたのか、関税措置の90日間の凍結を発表。

その後も個別の品目に関し、対象にしない、あるいは税率を見直すなど、やや支離滅裂ともとれる迷走状態が、さらにマーケットを混乱させているともいえる。

こうした状況下で、日本の不動産マーケットにはどんな影響が出てくるのか? 現状を整理しながら考えてみよう。

リーマンショックを超える混乱が起こり得る

例えば、2008年から2009年にかけて世界金融マーケットを震撼させたものにリーマンショックがある。

あの混乱は、アメリカの住宅ローン債権の不良化が発端となった危機であった。住宅マーケットの規模は大きく、アメリカにおいて発火した炎は全世界の金融マーケットに飛び火し、日本の不動産マーケットにも大きな影響を及ぼした。

さて、今回の発端は金融ではなく、グローバリズムの中で我々がともすると忘れかけていた関税(tariff)である。関税は貿易にあたって課せられる税金であり、相手国によって異なる料率のもとに課せられているものだ。

トランプが関税に目を付けたのは、税率などの条件については、大統領の権限の中で議会の承認を得ることなく勝手に決められるものだからだ。

不当な利益を上げている(と思われる)相手国を恫喝することで、アメリカにとって有利な条件(トランプはフェアだという)を引き出し、アメリカ経済を「自国でモノを生産し、消費する」豊かな国に再生する目的がある。

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この問題を考えるに厄介なのが、今回の危機がカネではなくモノである点だ。

トランプはもともとが不動産事業者である。巨大なオフィスビル、ホテルなどを開発、保有するという物(ブツ)で生きてきた人だ。倒産歴もあり、都度金融会社にはいじめられてきた過去がある。

したがって、モノを作らない、例えば金融やITのような産業には関心が薄く、こうした業種で巨万の富を得てきたウォール街の連中に対して良い印象を持っていないように映る、あるいは見せかけている。

ただ、ことが関税となると事態は深刻だ。

相互関税の壁がうずたかく積み上げられることになれば、世界の貿易全体に影響を及ぼすことになり、その影響は住宅ローン債権のほころびが発端となったリーマンショックをはるかに超えるものになるからだ。

外国人投資家が日本の不動産を手放す可能性

さて、問題は日本の不動産マーケットに対する影響だ。

まず今の状況を整理してみよう。貿易統計によれば、2023年における日本の輸出額はアメリカが1位であるが、輸出入額の合計値では中国が42兆円とアメリカの31兆円を大きく上回っている。

アメリカへの輸出を品目別にみると、自動車やその関連部品、原動機でおおむね40%程度となる。以前は電算機器や半導体等の電子部品、光学機器などを多く輸出していたが、今やほぼ自動車一本足打法になっている。

輸入については医薬品、天然ガスなどが主体だ。

関税措置が文字通り実施されると、大きな影響を被るのが自動車産業であることは明白だ。彼らは日本から直接の輸出だけでなく、隣国のカナダやメキシコからも輸出しているので、経営的には大打撃となる(現在、トランプは隣国からの自動車輸出については当面の間猶予する旨の発言をしている)。

自動車産業は関連産業が多く、日本経済への影響は小さくないが、現代の日本は以前のような輸出大国ではなく完全な輸入大国だ。

また、日本は世界一の金融大国でもある。日本の対外純資産残高は2023年末で471兆3061億円と33年連続で世界一の座にあり、この資産の運用で儲けているのである。

仮に年2%で運用しているとすれば、対外資産の運用益は9兆円を超えることになる。

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さて、こうした前提のもとで今回の大混乱が不動産マーケットに及ぼす影響をシミュレーションしてみよう。

株式市場は輸出関連株を中心に下落している。今年1月7日には4万円台にあった日経平均株価だが、今後も当面はアメリカと他の諸国との交渉如何で振り回される展開になることが予想される。

株価の下落、経済への悪影響、そしてドルに対する信認低下による円高基調は、段階的な利上げを目論んでいた日本銀行にとっては、しばらく様子見をせざるを得なくなりそうだ。

利上げが不動産マーケットに強い影響を及ぼすはずだと見ていたシナリオに調整が入ることになる。早ければ5月にも、とされていた利上げは各国との交渉状況が見えてくるまで棚上げになるだろう。

一方、アメリカ株価の下落は多くの富裕層の懐を痛めている。日本国内の富裕層もアメリカ株式に投資を行っている人は多く、被害は甚大だ。

このことは、同時に日本の不動産に投資を行っていた外国人投資家の行動に影響を及ぼす可能性がある。

特にアメリカとの貿易などで稼ぎを膨らましてきた中国の富裕層にとっては、今後の中国国内の景気の悪化は、投資の手じまいを招く可能性が大きい。

円高傾向は、いったん投資をエグジット(売却)する動機につながる。日本の不動産に投資していた投資家が、いったん自国通貨に変換して売却。現金のポジションを膨らます投資家も現れそうだ。

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対外資産の運用で潤っている日本企業にも一定の影響が出てきそうだ。

自動車産業であるかに関わらず、アメリカへの輸出のない企業であっても対外運用資産で株価の下落や含み損を抱えるようになれば当然、企業の業績に悪影響を及ぼす。

こうした連鎖は、これまで気前よく賃上げをしてきた一部の大企業に微妙な空気をもたらすだろう。春の賃上げはすでに実施済みだが、今後ボーナスなどで調整したくなるところも出てきそうだ。

新築マンション価格も下がるのか

さて、国内外の投資家の懐が痛んでいる。円高により、外国人投資家はいったん エグジットして手じまいし、現金のポジションを増やす、あるいは金融資産でのマイナスを日本の不動産を売却することで穴埋めしようとする可能性がある。

これまで、富裕層や国内外の投資家の投資マネーによって我が世の春状態にあったマンションマーケットにも、一定の影響が出てくることが懸念される。

世界的な不況は、上昇を続けていた建設資材価格をクールダウンさせる可能性がある。

日本は建設資材の多くを輸入に頼っている。資材価格が下がり、さらに円高になれば暴騰を続けていた建設費の上昇にブレーキがかかる可能性がある。

各国のアメリカ向けの輸出が激減することでエネルギーコストが下がる。資材を運搬するエネルギーコストも下げられるだろう。

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こう考えてくると、とにかく家を買いたい、自分たちが住むためのマンションが欲しい一般庶民にとって、必ずしも悪い話でもなさそうに思えてくる。

まずしばらく利上げがないということは、新たに住宅ローンを組む人にとっても、すでに変動金利型住宅ローンを組んでいる人にとっても朗報だ。

固定金利は最近、メガバンクの提示する長期プライムローンがやや低下している。

新たに購入する人は最初から固定金利を選択する、変動型で借りている人はこの踊り場のタイミングで固定金利に借り換えるチャンス到来とも読める。

建設費が下落すれば、新築マンション価格が下がるかもしれない。富裕層や投資家がいったん手を引いたマーケットで、実需層に合わせた新築マンションが打ち出される可能性が出てくるだろう。

円安のせいで上がり続けていた食料品、ガソリン代も落ち着くかもしれない。高額で手が出なかった中古マンションも、損切りをする投資家が増えれば、価格が安くなる可能性だってある。

マーケットから外国人の姿がなくなれば、価格が安くなるだけでなく、再び日本人だけが住むマンションが増えてコミュニティが安定し、ストレスが少なくなるかもしれない。

昨今のヒートアップした不動産マーケットに冷や水を浴びせる可能性のあるトランプ関税だが、マーケットにおいて一方的な上げ相場は続かない。

むしろ、こうした人為的なショックでいったんリセットを行うには良い時期なのかもしれない。投資家は常に冷静にマーケットを睥睨(へいげい)することだ。ショックの隙間には必ず未来が見えているのである。

(牧野知弘)