2014年3月7日、甘利明経済財政・再生相は閣議後の記者会見にて、少子化対策として所得税制度の税制改革の議論に着手する方針を発表した。
その際、甘利明経済財政・再生相は世帯課税をとるというフランスの「N分N乗方式」を例に挙げ、「税収構造にどういった影響があるのか広範な検討を行う」と述べているのだが、この聞きなれない「N分N乗方式」とは一体どういうものなのだろう。
もし、実際に所得税が個人所得から世帯所得に課税されるようになった場合、不動産投資家にどのような影響が起こるのか?
「大家さん税理士が教える 不動産投資で効率的にお金を残す方法」や「大家さん税理士が教える 不動産投資『お金の残し方』見極め法」などの著者である不動産投資専門税理士、叶温(かなえ ゆたか)氏に話を聞いた。
フランス流「世帯課税」を
不動産投資専門税理士が分かりやすく解説!
「世帯課税の『N分N乗方式』とは少子化対策と言っているように、その世帯に家族が多ければ多いほど納税額が少なくなっていくことが特徴です。
この所得税の課税方式を1946年から行っているフランスは、実際に出生率の低下に歯止めをかけることができたと言われています。
この『N分N乗方式』のNとは世帯にいる人の数。例えば1000万円の課税所得を得ている父と、母、子が二人の4人家族があるとしましょう。現在の1000万円の所得に対する税率は33%、つまり176万4千円を所得税として納税する必要があるわけです。
しかし、『N分N乗方式』ならば所得を世帯の人数で割ることになるので、1000万円を4名で割り、1人あたり250万円となる。課税所得250万円に対する累進課税率は10%に下がりますので、1人あたりの所得税は15万2500円。
「家族4人×15万2500円」で納税額は61万円になりますから、現行の制度で支払う176万4千円よりも115万4千円も所得税が少なくなるわけです」(叶氏)
なるほど、世帯人数によって大きく納税額が変動するのが「N分N乗方式」というわけだ。端的に言えば、家族が増えれば増えるほど納税額が減ることになるのだが、これには問題も多いと叶先生は続ける。
「『N分N乗方式』が採用されると夫の年収が同じ場合、“夫婦共働きの家庭”と“妻が専業主婦の家庭”では、子育てがしやすい“妻が専業主婦の家庭”が有利になります。そうなると“夫婦共働きの家庭”から不満の声が上がりそうですよね。
ですが一方で、現在、世帯課税とともに議論されているのが、俗に言う“103万円の壁”の要因となっている配偶者控除の是非についてなんです。今は配偶者がパートタイマーなどで働きに出た際、年間の収入が103万円を超えると、所得税の対象となる給与所得から配偶者控除の38万円が差し引けなくなってしまっていますが、逆を言えば“妻が専業主婦の家庭”は確実に配偶者控除が受けられる状況。ですから、その配偶者控除が廃止されることは当然、“妻が専業主婦の家庭”にとって不利に働くことになります。
これはあくまで私見ですが、政府は“夫婦共働きの家庭”と“妻が専業主婦の家庭”、それぞれにメリットとデメリットがある政策を同時に議論することで、両者から不満が出ないようにバランスを取っているのではないかと睨んでいます」(叶氏)
世帯課税導入によって“駆け込み結婚”や
“駆け込み二世帯同居”が巻き起こる!?
では本題に入ろう。
世帯人数が多いほど、納税額が少なくてすむという所得税の世帯課税方式。もし導入されると不動産投資家にどのような影響があるのだろうか?
「純粋にメリットを考えると、家族の多い方は節税しやすくなりますね。もし子供がいなくても祖父母や両親と同居しながら不動産投資を行えば、大幅な節税につながります。これまでは個人所得であったため、本人が働いて得た所得という考え方が大きかったと思うのですが、家族全員で生計を立てるという考え方にシフトしやすくなるので、家庭を持っている大家さんは負担が減るでしょう。
また、現在だと不動産投資によって所得が多くなりすぎている大家さんは、資産所有法人化して家族を従業員や役員とすることで所得を分散している方も多いはず。ですが、世帯課税になることでおのずと所得が分散される形になるので、わざわざ法人化をしなくてもすむというメリットもありますね」(叶氏)
だが、一概に法人化する必要がなくなるというわけでもないそうだ。
「簡単に言うと、世帯課税導入後もたくさん稼いでいらっしゃる場合は法人化した方が節税になりますよ、ということ。現在、所得税の最高税率は課税所得1800万円以上で40%となっていますが、来年からは最高税率の制度が変わるんです。課税所得1800万円以上の方は40%のままですが、課税所得4000万円以上の方は45%という最高税率が適用されるようになります。
また、同じく来年から相続税のうち資産課税も増税し、相続税は基礎控除も現在から4割減少しますから申告が必要となる方も増えるでしょう。一方で法人税は下がる傾向にあるので、法人化して法人税を支払うことで個人の所得を減らせば、所得税率を抑えることができ、節税につなげることも可能というわけです。
要するに、高額の不動産や多数の不動産を所有している方は、各個人の課税所得に対する税率が法人税率を超えるかどうかが、世帯課税導入後にも法人化するとおトクかどうかのボーダーラインになると思います」(叶氏)
それでは世帯課税になった場合のデメリットにはどんなものがあるのだろうか?
「今のところは単純に結婚している人より、していない独身者が不利になりやすい点でしょうか。おそらく世帯課税にするタイミングで税率の見直しを行うと思われるので、独身の方はより税金を払わなければいけなくなる可能性も。
また、不動産投資家に限らず世帯ごとの年収を出す必要が生まれてくるので、世帯の人数分、確定申告をしなければいけなくなります。これは非常に面倒くさいですよね」(叶氏)
いずれにしても世帯課税が導入された場合、世帯環境によって税率が大きく変化することになるので、世帯人数を増加させた方がオトクということになるだろう。
消費税が増税する前のタイミングでは駆け込み需要があったが、所得税の世帯課税が導入されることで、駆け込み結婚や駆け込み二世帯同居といったことを行う人も増えてくるかもしれない。
【取材・文/牛嶋健】
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