写真:首相官邸ホームページ
2014年の11月17日に発表された実質国内総生産(GDP)成長率は、市場予想に反し、まさかの2四半期連続マイナス成長に陥った。この日、日経平均株価は前日比500円を超える下げとなり、今年2番目の下げ幅になるなど激震が走った。2四半期連続でマイナス成長となると、一般的にはリセッション、つまり景気後退局面に入ったとされる。
これを受けて、安倍首相は2015年10月に実施予定だった消費税増税を1年半延期し、2017年4月に10%に増税する。そして、その際は「景気条項」を設けないという考えを示し、同時に衆議院解散総選挙を行うと発表した。消費税増税はあくまで延期であって、撤回ではない。
そこで今回は、消費税増税が不動産投資に与える影響について考えてみたい。
消費税増税で賃料は上がる? 下がる!?
居住用、いわゆるレジデンス物件の賃料や管理費・共益費等には消費税が課されない。そのため、消費税が増税されたところで、入居者が支払う賃料に変化はない。(契約の仕方によるが、駐車場には消費税が課されるケースもある)
しかし、消費税増税によって賃料以外の物価は上昇する。 それでも現在のように給料が伸びない状況が続くと、節約志向が高まり、家計消費が減ることになる。
先日発表された2014年7〜9月期GDP(実質GDP季節調整値実額)を細かく見ると、GDPが全体で前年同月比5.7兆円減少した中、家計消費が8.4兆円も減少していることが分かる。 つまり、今回のGDPショックは、家計消費が大きく落ち込んだことによってもたらされた結果といえる。
家計の節約を考えるとき、固定費を減らそうとするのは自然のなりゆき。 賃貸の入居者は、より安い賃料を求めて転居してしまうかもしれない。 この動きが連鎖的に起きると、全体として賃料に下げ圧力がかかることになる。
さらに、消費税というのは低所得者ほど税負担が大きい「逆進性」があると言われている税金。家計の苦しい低所得者は、より低い家賃を求める。転居するのではなく、家賃の減額交渉を求めてくるかもしれない。いずれにせよ、低所得者向けの物件ほど、賃料下げ圧力が強まる可能性がある。
また、不動産オーナー視点で考えると、仮に家賃が変わらなかったとしても、物件管理を委託している場合の委託手数料の消費税や、修繕工事にかかる消費税は負担増になるので、その分、キャッシュフローが悪化することにも注意が必要だ。
景気が悪化したら、賃料はどうなる?
2014年4月の消費税増税によって、景気が悪化したのは数字を見れば明らかだ。 では、景気が悪化したら賃料はどうなるのか? 下がるとしたらいつ頃下がるのか?
景気局面の変化によって賃料が上下する場合、一般的に以下のプロセスをたどると言われている。
① 空室率が変化する
② 成約賃料が変化する
③ 募集賃料が変化する
消費税増税によって景気が悪くなった場合を見てみよう。
① 賃料に割高感を感じて入居者が退去し、空室率が上がる
② 早く入居者を埋めたいオーナーが、指値を受け入れることで成約賃料が下がる
③ 成約事例から現実を直視し、募集賃料を下げる
このような動きは一般的に、景気の変化よりも遅れて表れると言われている。たしかに、景気の局面が変化したのを実感し、それから賃貸物件の解約申し込みをするので、数ヶ月のタイムラグが生じるのも理解できる。
すでに2014年4月から景気後退しているので、これから空室率の悪化、賃料の低下が見られる可能性が高い。後退局面が長引くほど、賃料の下げ幅が大きくなり、下がる期間も長くなる。逆に、効果的な景気対策が実施され、短期間で回復すれば影響は軽く済む。
2014年4月の増税が、景気を失速させたことは明らかだ。 次回の増税時には同じ状況を起こすわけにはいかないと、政府の景気対策は大掛かりなものになるだろう。
現行の8%から10%に消費税増税が施行される2017年4月、すなわち今後2年半の間に「家賃を増額できるほどの景気回復」があれば、消費税増税を恐れる必要はないが、景気回復なき増税であれば、不動産投資家にとって厳しい局面になるだろう。
されど賃料は需給バランスで決まる
先ほどの景気による賃料の増減は、あくまで一般論である。 賃料を決めるもう一つの重要な尺度は、需給バランスである。
例えば、ワンルームばかり供給されている立地で、ファミリータイプの供給が少ないのであれば、希少性があるので賃料は変わらないだろう。
他にも、ペット可物件は増えているが、さらなる他物件との差別化をはかり、部屋に猫がすでに住んでいる(猫を買うのではなく借りる方式を採る)「猫付きマンション」など、猫好きにターゲットを絞り込んだ物件を供給するなどの戦略も、希少性をもって賃料を下げさせない戦略として有効だ。
つまり、景気が悪いから賃料が下がるというよりは、マーケットのニーズに合わないから賃料が下がるのだ。
しかし突然、大量の新築物件が供給されたら、一気に需給バランスが崩れることは言うまでもないだろう。賃貸物件の供給が増える、つまり賃貸マンション・アパートが新築される件数が増えるかどうかで、エリアの需給バランスが変化する。
消費税増税によって、賃貸物件の新築件数はどう変化するのだろうか?
新築の賃貸物件供給は減るのか?
一般的に、賃貸物件の新築は、新築分譲戸建てや新築分譲マンションよりも消費税増税の影響が大きいと言われている。理由は以下の通りだ。
新築分譲の場合、土地と建物を同時に購入する。土地に消費税は課税されないので、建物部分だけが増税の対象となる。 例えば、総額5000万円(消費税抜き)の新築分譲戸建てがあるとしよう。土地が3000万円、建物が2000万円のとき、消費税が5%なら総額5100万円。消費税が8%なら総額5160万円、消費税が10%なら総額5200万円だ。 物件価格の総額に比べると、消費税の増額分は大きくない。
一方、世間一般的には、賃貸物件は地主が持っている土地に新築することが多いので、物件価格イコール建物価格である。 5000万円(消費税抜き)の新築賃貸アパートを建築するとしよう。 消費税が5%なら総額5250万円、消費税が8%なら総額5400万円、消費税が10%なら総額5500万円だ。 分譲物件と比べて、税負担が大きいことが一目瞭然である。
実際、過去の消費税増税の前後で、賃貸物件の着工(延床面積)は次のように変化している。(出典:国土交通省「建築着工統計調査報告」)
▼消費税3%施行:1989年(平成元年)
対前年度比
1988年度 マイナス1.1%
※バブル真っ只中で、86〜87年の数字が大きかった
1989年度 マイナス5.3%
1990年度 マイナス7.9%
▼消費税5%施行:1997年(平成9年)
対前年度比
1996年度 プラス10.9%
1997年度 マイナス17.9%
1998年度 マイナス15.2%
▼消費税8%施行:2014年(平成26年)
対前年度比
2013年度 プラス15.2%
2014年度 ?????
※4〜5月は前年同月比プラス、6〜9月はマイナス
2015年度 ?????
データから分かることは、消費税増税の直前に着工が増え、増税を行った年とその翌年には着工が減るということだ。 着工から竣工・入居開始まではタイムラグがあるので、増税直後のタイミングで供給過多になる可能性が高いことに注意が必要だ。
また、2013年にプラス15.2%と、賃貸物件の着工が大幅に増えた理由は2つある。 一つは消費税の5%から8%への増税、さらに10%への増税が見込まれていたことによる駆け込み需要。 もう一つは、2015年1月から相続税が実質増税されるため、相続税対策として賃貸物件の新築が増えたこと。
「相続税対策特需」は2013年度がピークで、今後は緩やかに鈍化すると思われる。 しかし、予想に反して特需が続くとしたら、需給バランスが崩れるエリアが増えるかもしれないので注意が必要だ。
投資物件の価格は上がるのか?
消費税増税によって、中古の投資物件の流通価格は上がるのか? これは増税の有無よりも、景気が上向くか失速するかにかかっている。
一般的に、景気が上向くと金融機関の貸出態度も上向き、投資資金が流入しやすい状況になるので、買い手が強気(ブル)になって価格は上昇する。 一方、景気が失速し、金融機関の貸出態度が悪化すると、投資資金が回ってこないので、価格は下落する。
今回、安倍首相は消費税増税を2015年10月から、2017年4月に延期を決定した。 予定通り増税し財政健全化を図るよりも、景気に配慮する方を選んだ。
増税延期の発表より先に、日銀によるさらなる量的・質的金融緩和(QQE)が発表されたことで、金融機関は融資先、投資先を積極的に見つける「リスクオン」に舵を切らざるをえなくなった。なぜなら、安全資産とされる国債を日銀が買い占めてしまうからだ。 金融機関は資金を積極運用しなければならないので、運用対象の一つとして不動産向けの融資が増え、物件価格が上昇する可能性が高い。
消費税増税を予定通り来年10月に実施した場合、景気後退とインフレが同時に起こる「スタグフレーション」になる可能性が高かった。 物件価格が上昇したのに景気後退で賃料が下がる、「悪い利回り低下」に悩まされる事態になったかもしれない。消費税増税延期決定は、不動産投資家にとっては朗報だったと言えよう。
消費税増税が不動産投資に与える影響・まとめ
<賃料>
・低所得者向け物件ほど賃料の下げ圧力が高まる可能性が高い
・競争力のある物件であれば、さほど影響はない
<需給バランス>
・増税前には新築着工が盛んになるので、増税直後の供給過多に注意
・相続税対策特需も一服し、今後の着工件数はやや鈍化する見込み
<中古投資物件の価格>
・増税以前に、金融緩和の影響で投資資金が流入しやすく、価格は上昇する
・増税延期を決定したことで、景気に配慮したうえでの物件価格上昇になる
・増税を予定通り実施したら、賃料下落と物件価格上昇が同時に起きた可能性
物件価格が上がることは、これから投資物件を買おうと考えている人とっては不利な状況だ。逆に、投資物件を保有する投資家にとっては、高値で売却するチャンスとも言える。
今後は、増税延期を決定したとはいえ、景気の腰折れ懸念や、所得が増えるかどうかに注目し、賃料収入アップが見込めるかを見極めたい。
入居者の満足度向上と同時に、出口戦略も考える局面に入りそうだ。
出典:国土交通省国土交通省「建築着工統計調査報告」
http://www.mlit.go.jp/statistics/details/jutaku_list.html
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