みなさんご無沙汰しております。

不動産起業家☆DAIこと生形大(うぶかただい)です。

なんと約3年ぶりの楽待新聞の投稿です。

 

地方高利回り物件とハイブリッド不動産投資で年収1億円へ

私のことをご存知ない方もたくさんいらっしゃると思いますので

まずは簡単な自己紹介をさせて頂きます。

不動産投資は2008年のリーマンショック後に開始しました。

地方高利回りの難あり物件を中心に取得し、

所有物件の平均利回りは15%以上です。

2014年には不動産投資だけで十分な収入が得られるようになり

サラリーマンをセミリタイア。

2015年には「ハイブリッド不動産投資」で収入を加速させ

収入が1億円を突破しました。

 

昨年末には書籍も発売し、楽待新聞の特集記事でも取り上げて頂きました。

楽待が2013年の12月に発売した

「8人の成功者による不動産投資ノウハウ完全版 8つのステップ2014」

のステップ2の物件購入の講師も担当させて頂きました。

今は無料で配信しているので見てない人は是非見て下さいね。

 

リーマンショックの衝撃

話を昔に戻すとリーマンショックが起きた当時

私はまさに外資系の証券会社に勤務していました。

当時の証券業界にはとてつもない衝撃です。

 

破綻当時のリーマンブラザーズは米国第4位の規模を誇った

名門の大手投資銀行です。

格付け会社からの格付けもAAAで

破綻するなんて誰も思ってもいませんでした。

当時リーマンブラザーズで働いていた知り合いに話を聞くと

社員ですら、ニュースで破綻の事実を知ったそうです。

 

その後の世界経済の混乱はみなさんもご存知の通りだと思いますが

外資系の証券会社ではリストラの嵐です。

まだまだ働き盛りの30代、40代のエリートと言われていた人たちが

次々とリストラされていきました。

 

ひどい時は私の後ろの席に座っていた部署の人たちが

1日で全員いなくなりました。

 

アメリカ人の同僚の食べかけのパンがデスクに

また、こんなこともありました。

私が朝トイレから自分の席に戻ると

隣に座っていたはずの同僚のアメリカ人が席に見えず

食べかけのパンだけがデスクに残されていました。

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すると、その同僚のマネージャーが彼の席に戻って来て

彼のカバンを持って、「彼は今日が最終出勤日となった」とだけ私に告げ

また、出て行きました。

その同僚の姿はその日を境に会社で見ることはありませんでした。

もちろん送別会などもありません。本当にドライな世界です。

(後日そのリストラされた同僚と飲みに行ったら、マネージャーに朝食のパンくらい最後まで食べさせて欲しかったと伝えておいてと言われました(笑))

 

当時私は20代後半でしたが

自分もいつリストラの対象になるかいつもドキドキしながら働いていました。

そして、このまま30代、40代を

この業界で生き残って行くのは絶対無理だと確信しました。

 

そんな時に出会ったのが、不動産投資だったのです。

それまでに株やFX、先物・オプションなどあらゆる投資にも

チャレンジしましたが、なかなか安定して結果を残せませんでした。

 

不動産投資をはじめた当時は

まさか自分がそれでセミリタイアできるなんて

思ってもいませんでした。

 

月々10万円でも副収入があれば

自分に何かあった時に生活の足しになると思っていました。

 

しかし、当時は今のように不動産投資に関する書籍も少なく

楽待新聞のようなコラムもなかったため情報を収集するのが

とても難しかったのを覚えています。

 

次回からは私が不動産投資でセミリタイアするまでの軌跡を

話して行きたいと思います。