こんにちは、ガチョウ使いです。

暑い日が続きますね。でもまだ7月中旬なんですよね。この記事を書いている今は梅雨明けもしていません。

真夏にはどうなっちゃうんでしょう。今のうち耐えられる体力を蓄えておかなければ、という都合のいい言い訳をして食べ過ぎちゃうこの頃です(笑)

さて、今日は建物の寿命について考えてみたいと思います。

RC建造物の寿命

先日ある人に質問を受けました。

「RCといえどもいつかは建て替えるんですよね?

それっていつ頃って考えてますか?

誰に聞いてもハッキリ答えてくれないんですよね」と。

たしかに不動産投資の中のお話しでは、利回りや資産価値など電卓をはじくことはよくありますが、「この建物、結局何年もつの?」というお話しはあまりしません。

不動産会社の中の人にとってはひょっとしたら「当たり前」のことであり説明の対象にしていないのかもしれませんね。

 

でも、買う側にとってはとても大切なことですよね。

人間がいつか死を迎えるのと同じで建物もいつかは朽ちてなくなります。

そのほとんどはその前に建て替えることになるのですが、建て替える時を寿命と考えると、いったい建物の寿命って何年くらいなんでしょうか。

これから先の予測をする前に、ちょっとこれまでの歴史を振り返ってみましょう。

同潤会アパートをご存知ですか?

1923年(大正12年)に発生した関東大震災。

その復興支援のために設立された団体があります。それが同潤会です。そして同潤会はアパートを建てます。

ー以下Wikipediaより引用ー

関東大震災では木造家屋が密集した市街地が大きな被害を受けた。

東京府と横浜市が震災前に建設した鉄筋ブロック造の集合住宅の事例があり、不燃の集合住宅の必要性自体は震災前から既に認識されており、不燃の鉄筋コンクリート造で住宅を供給することをその目的としていた。

近代日本で最初期の鉄筋コンクリート造集合住宅として住宅史・文化史上、貴重な存在であり、居住者への配慮が行き届いたきめ細かな計画などの先見性が評価されている。

 

1924年(大正13年)から1933年(昭和8年)の間に、東京13か所2225戸横浜2か所276戸のアパートが建設され、同じくコンクリート造の猿江裏町共同住宅140戸も建設された

ー引用おわりー

当時としては最新設備で羨望の的だったようです。今のタワーマンションみたいな感じだったのでしょうか。

ただし、言い方はすごく悪くなりますが、

所詮は大正から昭和初期の技術。耐震構造も今よりは弱い。

そして建設後に第二次世界大戦もはじまり、1945年には東京大空襲もありました。

さて、この建物はどれくらいもったのでしょう。

竣工から解体を建物寿命として、同潤会アパートの建物寿命を計算、

ランキングにしてみました。

ーデータ引用元Wikipediaー

さあ、どうでしょうか。

一番建物寿命の長かった上野下アパートは84年もったんですね。

ー画像引用元 Wikipediaー

こちらは上野下アパート2006年当時の様子です。

1929年竣工ですから、この時点で築77年です。

ヴィンテージマンションとしての風格すら感じさせますよね。

技術・材料の発展そして建築基準法の厳格化

さて時代は変わって今は平成。

この間、建築技術も進み、いろいろな建築材料も開発されてきました。

また建築基準法は年を追うごとに厳格化され続けてきました。

今、建てるRC建造物は、昔建てたものより長持ちすると考える方が普通ですよね。

上記の同潤会アパートの建物寿命の平均は約69年です。

そう考えると建物の躯体は最低でも70年はもってくれると判断してもおかしくはありません。

築15年のRCを買い、あと55年使えると仮定すれば、35年でローンを終わらせ、残りの20年間はボーナスステージに。

立地がよければ家賃が下がったとしても十分にトータルの利益は出せるかと思います。あとは出口はどうとでも。

 

これはあくまで予想です。先のことはどうなるかは誰にもわかりません。

ただ、先のことを考える時に、カンや雰囲気じゃなく、しっかりと昔のデータを引っ張りだして、歴史から学ぶことは有効だと思いますよ。

 

次回は、RC建造物の構造について書こうと思います。

RCって何の略がご存知ですか?

 

それでは。