川合玉堂 春の富士

 

 昨日は孫娘の保育園最後の運動会でした。随分と凛々しくなって、その成長ぶりに感心しました。このコラムも3人目の孫が出来ると知って、俄かに始めた経緯があります。3人もいれば誰かは大家業を継いでくれるのでは?との期待が膨らんだからです。このコラムを印刷したり、ワードかPDFに残しておけば身近なノウハウ集になることでしょう。一応娘も読んでいるので、最低限の知識はつくのではと期待しています。

祖父の千文字の石碑

 何かを残しておきたいという気持ちになるのはかなり珍しいことでして、初めてといってもいいと思います。母方の祖父は千文字の大きな石碑を残しています。石碑によると、若くして北陸から大阪に歩いて行き、艱難辛苦の末、大成功に至った。地下足袋や飛行服の製造など多角的な事業に大成功し、付近一帯に貸家、市場、銭湯なども経営した。推されて天王寺村の村会議員にもなって、晩年は民生委員なども歴任したとあります。しかし、大阪大空襲の結果、全て焼けてしまい、戦後再起を図るも、途上にて病に倒れるとあります。幼い頃に母親と上本町の日赤病院に見舞いに行ったのを記憶しています。

 父方の祖父とは民生委員仲間だったようで、息子2人を母方祖父の娘2人と見合結婚させました。大阪市と和泉市でしたが、民生委員関係の偉いさんだったんでしょう。次兄の家に高松宮様の感謝状もあるくらいです。父方祖父とは現役農協組合長のまま亡くなるまで同居しており、人間、人様の世話をせなあかん、が口癖でした。組合長も人の世話の一環だったかも知れません。

 お金持ちも貧乏人も永遠ではなく、栄枯盛衰があるのだな、と分かったのは大人になってからです。本家と分家の200:1の資産格差も、祖父が仕組んだものでも何でもなく、本人が頑張ったかどうかだけの簡単な話だと思うようにもなりました。相続とか運とかも多少はあるでしょうが、結局は本人の頑張り次第ということになります。

再投資先としての仮想通貨

 前置きが長くなってしまいました。 今日の本題は、何時まで年金生活を続けて再投資に精をだすのか?です。 幾ら再投資しても上限はなく、きりがありません。取敢えず10億迄資産を増やすと15年前に始めましたが、現状の売却額でいくともう達成済みともいえます。残債利回りも20%を超えているし、金利が今から15%上がっても耐えられます。本当に怖いのは地震位です。

 日本の収益不動産は衰退産業でもあることから、永住権まで取って、成長著しい海外物件を買ったり、他の柱を見つけようとして株やFXも相当やりました。

 最近は仮想通貨に可能性を見出して、8割位の時間を費やしています。投下資金が何十倍とか何百倍月利10%~30%年利100%のキャッチフレーズが乱れ飛んでいます。一方で大損したという話もありますが、これは信用で高レバレッジをかけた人に多いのではと思います。 急騰、急落で一喜一憂しているような感覚では駄目な世界です。メガバンク出身の若い女の子が年利100%を保証します、と大真面目に言うご時世です。下げ局面を回避し、上げ局面で儲けると極普通のことを言っています。今日の夜にウェブセミナーをして、明日から募集を開始するとのこと。まあ、これは価格変動を分析して上手に売買するしかありませんが、その一方でアービトラージでも稼ぐんでしょうか。末端に月利10%を保証したりする位なので、胴元は一体どれ位稼ぐ積りなのか?です。

 取敢えずはASECコインを中心として、COMSAにも投資しました。マイニングやアービトラージにも投資済みです。

 今年は仮想通貨元年と言われて大騒ぎしていますが、本当の大騒ぎになったらそのバブルはお終いというのも真理です。大騒ぎの度合いを察知しないといけませんね。これまでの経験でいくと、家庭の主婦が騒いだ時とか、スーパーのレジ打ちのおばちゃんが騒いだ時とかでしょうか。一億総仮想通貨屋ですが、今はまだ、怪しいイメージも結構強いので、暫くは大丈夫かな?・・・です。 これとてドブに捨てたとしても、それ程の痛手にならない、3千万位に収めようと考えています。 宝石や美術品の趣味系よりも少ない額です。 何億も投資している方も結構いるようですので、私は小粒ですね。汗;

今日も前半と後半が今一つ繋がらない話を、最後まで読んで戴き、誠に有難うございます。^^)