本日もお読みいただき、ありがとうございます。

昨日は仕事納めで呑んだ方も多いのではないでしょうか。私もかなり呑み、これから毎日肝臓に負担がかかります(^^)

2018年もそろそろ締めくくりとなりますね。

今年は、亡き父が購入した区分マンションを売却した年でございました。

本日は、その点について振り返りたいと思います。

 

絶縁状態の父と私

私は大学時代くらいから、父と喧嘩ばかりしておりました。

コラムにするのも恥ずかしいのですが、少し議論が始まると、30分後には胸ぐらをつかむ喧嘩になりました。

母も流石に危機感を感じ、私に一人暮らしをしたら良いのではと、思ったそうです。

喧嘩の果てには、「誰が大学に通わせてやってるんだ!」となり、

「息子の教育費でガタガタ言うなら、産むんじゃねぇ!」とご近所にだだ漏れの泥仕合でした。

無事に就職し、ある程度の信用が生まれ、上等だと、私は実家を飛び出し一人暮らしを始めました。

それからは絶縁状態で、父の余命宣告があるまで顔を見ることはありませんでした。

 

父と私の物件購入

父と絶縁状態の中、リーマンショックがありました。

2008年です。

不動産価格はそこから下落し始めました。

私は銀行員として、不動産の担保評価なども行っていましたが、担保不動産の価格が下落し、融資が劣化する中で、思うことがありました。

不動産が安い。今が買いだ。

銀行の不良債権が増えるなか、不謹慎にも自身の利益に思いを巡らせていたのですが、同じように感じていたのが父でした。

リーマンショック後の不況下、私は都心に中古の戸建てを買い、父も同じく都心に中古区分を買っていたのでした。

 

大道さんの名前の由来

職場で、大道さんという名の同僚と仕事をしていました。

何かの呑みの席で、名前の由来についての話になり、

大道さんを、「おうどう」と誰かが呼んだのでした。

ヒロミチさんの名前の由来はこうでした。

通常、「おうどう」というと、「王道」と書くケースが多いと思います。

ですが、大道さんのお父様は、そうではなく「大きな道」と名付けたそうです。

その心は、「王道ではなく、大きな道を歩いてほしい」という願いがあったそうです。

日本の義務教育を歩み、良い大学に進学し、大手企業に就職する。そんな道を歩んでほしいという想いがあったそうです。

その記憶が私に蘇ったのは、昨今のサラリーマン大家の増殖と、ちらほら出始めた破綻処理に携わっているためです。

サラリーマンは、大きな道を歩くことが成功かもしれませんが、投資に関して言えば、皆が通る投資は妙味が薄いというのが実感です。

これは、株式も投資信託も、不動産投資にも言えることですが、皆が買えば相場が上がり、高値で買ってはどうしようもないという現実です。

サラリーマンとして「大きな道を歩く」正しさが、投資の世界ではあるべき姿ではないということです。

獣行く細道こそが、投資家の道であると感じるこのごろです。

 

不動産を相続し、想うこと。

父の遺産を整理する中で、

私と父がリーマンショックによる不況下に不動産を購入している事実を知り、ほくそ笑みました。

お互い、サラリーマンのなけなしの信用力で、物件を買っていたのです。

父の不動産謄本には、ノンバンクの抵当権が張り付いていました。高齢の父がローン付けに苦労している様が浮かびました。

生前の父に想いを馳せました。

あなたが投資目的で買った不動産なら、売って差し上げましょう。

「大家さんの味方」で見つけた仲介管理会社を通じて、海外の投資家に売却しました。

父が遺した不動産、何年かは私自身で運営し、運営することで慰められる想いもあり、売却に躊躇はありました。

あなたが生きていたら、このタイミングで売却するのでしょう。そう自分勝手に考え、売却代金は、私の口座に入金となりました。

日本銀行の福沢諭吉に色はありませんが、色がない故に、そのお金は全額定期預金にして、私のお金とは区別して管理しています。

これを再投資に当てるか、あなたが逢うことができなかった孫の教育資金とするか。

それは、これからの私が決めることなのですが、

あなたの投資は儲かりましたと。

 

でも、

区分のインカムで儲けるほど、人生は長くないぞと。

そんな議論を生前の父と始めたら、

「誰が大学に行かせてやってるんだ」と、

唾が飛んできたのかも。

不動産というのは語らない遺言書のようです。

 

 

良い年末年始をお迎えください。

1年間、ありがとうございました!