毎度!なにわのモノづくり大家です。

 

大阪の商売人は初対面でも『毎度!』と挨拶するので、連載初回でも『毎度!』でスタートしますね。

 

わたしは2008年9月15日、父の鉄工所を引継ぎ社長になりました。

 

わたしの鉄工所は小さいながらも大手電機メーカー等の下請けをして、業歴50年にもなる由緒だけは正しき鉄工所なんですが、悲しいことに下請けっていうのはホントに儲からないし、ホントに悲惨なんですよ

 

最近、テレビドラマで流行っている『下町ロケット』。

 

あのドラマで阿部寛が社長を演じる佃製作所が帝国重工に下請けいじめを受け、銀行には嫌がらせをされる様子がとっても大袈裟に表現されていますが、あれってそんなアホなぁ~って思うでしょ?

 

確かにちょっとばかり大袈裟ではあるんですが、わたしの経験から言うと、実態はそれほど大差ないんですよね。

 

しかも、わたしが阿部寛に似ているってところまで!

 

スイマセン、どうでもいいですよね、、、

 

さて、わたしが社長になった2008年9月15日って何の日かご存知ですか?

実はアメリカのリーマンブラザーズ証券がつぶれた日、いわゆるリーマンショック当日なんですよ。

 

その日、社長になって意気揚々としていたわたしですが、夜のニュースをみながら『えらいこっちゃなぁ』(大阪弁で大変なことの意味)なんて思いながらも、どこか高をくくっていました。

 

しかし、ご存知のようにその日からあれよあれよと言う間に株価は下がり、経済も急降下しました。

 

特に製造業へのダメージは大きく、私の鉄工所も翌年は売上が前年の3分の1に減りました。

 

もう1回言いますね。3分の1減ったんじゃなくて、3分の1減ったんですよ。

 

具体的には9億あった売上が3億になり、それが3年間続きました。

 

1年目こそ『しゃあないなぁ』(大阪弁で仕方ないの意味)と思っていましたが、2年目が終わった時には目の前が真っ暗になりました。

 

ヤバい、このままじゃ倒産する。オレ何やってんねん、、

 

今でもその時のことを鮮明に覚えていますが、それからわたしは世間体を気にせず、なりふり構わず経営施策を打っていきました。

 

従業員にも会社を辞めてもらいました。いわゆるリストラってやつですね。

 

給与カット含む、ありとあらゆる経費を削減しました。当たり前ですよね。

そして、リストラ策の一つとして、当時仕事がなくて空いていた工場の半分を賃貸に出したんです。

実は、これがわたしの『なにわのモノづくり大家』としての第一歩だったんです。

 

リーマンショックから10年、わたしは工場だけでなく、区分所有マンション1棟マンションオフィスビル一戸建て駐車場倉庫海外不動産メガソーラーなどあらゆる種類の不動産を保有しています。

 

そして、それだけに飽き足らず、自身で宅建士の資格を取得し、今では宅建業の免許を取得するに至りました。

 

そんなわたしの経験をこれからお伝えできればと思っています。なにとぞお付き合いくださいませ!