こんにちは! 「新米大家」です。

今日は、楽待さんのお題に久し振りに参加してみようと思っています。

このお題は、人それぞれだと思うのですが・・・僕なりに大事だと思っている能力について、綴ってみます。

先に結論を書きますが、僕は、「努力を継続できる」能力が一番必要ではないか・・・と思っています。

1.新米家の次女の事例

次女は、小学校の時に、バレーボールをしていました。(身長は、クラスで前から5番目位でした。要は、小さい娘でした)

バレーボールは、小学校3年生(の後半)からしていたことと、元々の運動神経は良い方ではあったので、小学校5年生の時には、不動のレギュラーとして弱小チームながら試合にでていました。

中学に入ると、当然バレーボールをすると思ったのですが・・・突然バレーボールはしない・・・と言い出しました。(バレーをする為に、隣の中学校の校区に引っ越したのに・・・(´;ω;`)ウゥゥ)

理由は・・・ 足が太くなる  ・・・です。(は?・・・です)

全日本にも細くてきれいな人おるやない。(当時は、木村沙織・・・僕の青春時代は・・・斎藤真由美、益子直美ですが)

嫌、足が太くなる・・・ 分かりました。自分が好きな部活に入りなさい。

で、何部が候補・・・剣道、ソフトボール、バスケットボールのどれかにしようと思っている。

結果として・・・夏に日焼けしない、冬寒くないということで、室内競技であるバスケットボール部に入部しました。(剣道は、室内ですけど着替え等大変ということで)

2.次女とバスケットボール

バスケットボールは、プロ化したものの日本のプロスポーツとしての認知度は低いです。(スポーツ紙の1面になることはありません)

しかしながら競技人口は、日本においても野球やサッカーと争うほどいます。

バスケというスポーツもそうですが、球技というのは、小さい頃から球に慣れ親しんでいないと・・・難しいスポーツです。今の日本のサッカー等世界と渡り合えるようになったのも、20年以上かけてジュニア(幼稚園、小学校)からボールに馴れ親しんだ世代が出てきているからだと思っています。

 

特に、ボールを扱う側(所謂オフェンスです)については、ドリブル・ハンドリング・パス・シュート等は、未経験者が1年や2年で追いつくレベルにはなりません。(ずば抜けた身体能力があっても、コマかな技術は身に付きません)

ただし・・・ボールを扱わない側(所謂ディフェンスです)については、努力次第で何とか追いつけます。(ボールを扱わないので、如何に基礎練習をさぼらないか・・・で克服できる項目です)

次女の場合、入部当時・・・同学年が全部で7人いました。未経験者は次女のみです。その他は、小学校時代に県大会優勝チームに2回戦で僅差で敗れたと聞いていますので・・・かなりレベルは高ったと思います。(特に福岡はバスケ盛んですので・・・)

1年生の時は、次女だけ練習に参加できないというメニューもかなりあったと聞いています。

親としては、段々と・・・モチベーションが下がっていく姿を見てきました。励ます言葉も段々となくなってきます。

当時は・・・とにかく基礎練習だけはさぼるな! 逆に基礎練習だけは誰にも負けるな! ダッシュ練習 長距離走は、バスケのスキルに関係ないから1番に慣れ! そうすれば・・・必ず3年生になったら試合にでれるから・・・と励ましていました。(練習後に公園にいって一緒にシュート練習等もしていました)

2年生の夏休み後(3年生引退後)から、練習試合でも、1分~3分(試合は40分)位出してもらえるようになりました。(要は、一応最上位学年はみんなプレーさせるという監督の方針ですが・・・)

次女は、身長が153センチ程(今でも158センチですが)しかなくバスケをする上では、圧倒的に低いです。オフェンス面では、ドリブルができない、パスができない・・・は致命傷です。(シュートは少しできるようになっていましたが)

ただ、基礎練習をサボらなかったことと、小学校の時にバレーをしていたことで、ジャンプ力と走力だけは、部の中でも一番でした。

ここで、自分の生きる道を見出しました。

それは、「リバウンド」です。(リバウンドとは、落ちたシュートをひらうことです。基本大きな選手の役割です)

自分より10センチ以上高い人と競ってリバウンドを取ることが、快感になっていました。それからは、バスケが面白くなり、最終的には、試合によってはスタメンになることもできました。(結果、バスケ中心の生活で家で勉強するのをみたことはなかったですが・・・)

3.3年生の夏休み以後~

次女は、地区大会の3日前に交通事故に遭いました。頭蓋骨骨折、脳挫傷、脊髄損傷、その他色々・・・(障害が残るのを覚悟していました)

結果、最後の大会は出れないどころか・・・夏休みを病院で過ごす結果となりました。(これは、親の責任です。)

部活の集大成の大会を、親の不注意もあって、3年間の努力を棒に振らせただけでなく、一生注意が必要な体となりました。(本人は、今は何とも思ってないですが・・・脳挫傷があるので・・・将来障害が発生する可能性は否定できないと言われています。激しい運動も抑制されています。)

部活で、勉強もしていませんでした。(塾も春・夏・冬の集中講座のみでした)

9月に入り、何とか無事に学校にいける状態になり、進学校を決めないといけない時期に差し掛かった時・・・・

新米:「高校どこにいきたいと?」

次女:「お父さんがいった学校にいきたい」

新米:「なんで?お父さんのいった高校?今は難しいよ!特に女子は!」

次女:「制服が、県内で一番かわいい!」

新米:「それだけ?」

次女:「うん」「制服がかわいいとこでないと嫌」

新米:「内申点はないから、相当勉強しないと無理よ」

次女:「お父さんがいけた高校だから、今から勉強したら大丈夫!」

   「そのかわり、塾と家庭教師をつけて!」

新米:「塾と家庭教師・・・つけてもいいけど・・・不合格の場合も考えてね」

次女:「大丈夫!努力するから!」

その後、週3回の塾と週1回の家庭教師をつけました。冬休みになると、娘から塾を辞めたい。その代わり家庭教師を週3回~4回にしてほしいとの要望も聞き入れました。(費用は、3倍に跳ね上がりました。(´;ω;`)ウゥゥ)

最終的には、第一志望の高校には入れませんでしたが・・・難易度としては同規模の高専の建築科には合格しました。(夏迄の成績では考えられないです。担任の先生が一番びっくりしていました。)

結果的には、第一志望校は落ちて良かったと思っています!

元々、次女は、「自分で設計した家」を建てたいといっていましたし・・・

今の自宅も、僕と次女で間取りや仕様を決めていた位ですから(嫁の意見は、全く聞き入れず・・・長女は感心なし)

本人も、大学受験しなくて良かった・・・と言って、今では学校生活を楽しんでいます。

 

3.もっとも大切な能力・・・とは

商売においては、過去のコラムにも少し記載させていますが・・・

一番難しいことは・・・「事業の継続性」だと思っています!

不動産賃貸業を起業したのなら・・・ブームで終わらせてはいけないとおもっています。5年、10年、15年、20年、30年続けていく覚悟が必要です。(若しくは無借金になるまでの期間)

この期間は、専業大家であれ兼業大家であれ、気を抜くことはできません!

そういう点で、常日頃からマクロ・ミクロの経済や不動産賃貸動向を含めて、様々な情報にアンテナを張る必要もあり、自分なりに紐解く作業も必要です。又税務を含めた法律の改正にも目を向ける必要もあります。当然に客付け等現場の対応も臨機応変に必要です。

そういう点で「努力を継続できる」能力が一番必要ではないか?と思っています。

僕自身は、そもそも不動産賃貸業に関わらず「事業を経営する」才能はない・・・という前提でスタートしています。

才能を補うもの・・・「努力」しかありません。

しかし「努力」は継続させないと意味がありません。(一過性の努力は誰でもできます)

次女の事例では、努力をしたから結果がついてきた事例としてあげていますが・・・必ずしも結果がでるとは限りません・・・が、努力をして結果が出なくても・・・悔いは残らないのでは・・・と思っています。

「努力を継続できる」能力の鍛え方・・・モチベーションを常に維持すること

これは、人それぞれ事情が違うので・・・1つ言えることは、お金儲けの為だけでなく、不動産を好きになること・・・かな?と思っています。

 

いつものように余りまとまっていないですけど・・・

今回も長々とお付き合いありがとうございました。