こんにちは、「にわか脱サラ大家」です。今回は「実家売却体験」です。「実家を売りたい方」のみならず、「相続戸建狙いの方」にも「実家を売る家族のドラマの一例」という意味で参考になるかと思います。「さっさと脱サラに向けての買増し、書けよ!」と思う方もいるかもしれませんが、自分の「資産形成」に関わったことですので、本件を先にお伝えしたいと思います。

実家売却のきっかけ

 実家は1978年、自分が小学5年生の時、父が祖父の土地(福岡県福岡市)に建てました。当時の家族構成は祖父母、両親、姉、兄、自分の7人でした。引っ越した当初、周りは田んぼばかりでした。自分は大学進学と共に実家を離れるまで8年間住みましたが、周りにそう大きな変化はありませんでした。

 それから時が過ぎ、祖父母が亡くなり、2008年に母が亡くなりました。その時は、兄弟は全員独立しており、両親2人暮らしでした。父は要介護の病気があったため、2009年に介護付き老人ホームにお願いすることとし、その結果、この家には誰も住まなくなりました。

 兄弟で実家をどうするか話し合ったところ、姉・兄「思い出深い実家がなくなるのは辛い」、自分「手間・経費が掛かるから、早く売っぱらったほうが良い」となり、残すことになりました。しかし、「賃貸に出すか否か」で結論が出ず、とりあえず、空家管理会社に月6千円でお願いすることにしました。

 そして、2015年9月に父が亡くなりました。遺産分割隊長は長男である兄が務め、残った2人は決めてくれれば、それに従うことにしました。(自分たち兄弟は全員、お金に無頓着なので、皆さんが期待するような修羅場は全くありませんでした。)所有者が父である実家については、この時は姉も「売却」の考えになっていましたが、隊長の兄がまだ踏ん切りがつかず、兄に一任することとなりました。その後、何とか賃貸に出して家を残せないかなど、色々思案したり、調べたりしたようです。

 2016年9月、船橋市に住んでいた自分に、関東の別の県に住んでいる兄から連絡がありました。

兄「お前が唯一、営業的な仕事してるんだから(姉:教師、兄:理系工場勤務)、お前が実家を売って!!」

自分「えっ、俺が!?(いまごろ~。同じ関東にいるのに~。でも、兄に遺産のことは一任するって、言っちゃったから・・・)御意。」

実家に誰も住まなくなってから、7年以上の時が過ぎていました。そして、この2ヶ月後に、あの「博多駅前大陥没」が起こるのです。 

実家の物件情報

売却時期:2016年12月(博多駅前大陥没の1ヵ月後) 当時築38年木造2階建て 土地:100坪、地下鉄七隈線某駅徒歩8分、売却予想価格:3000~3500万円、路線価:2500万円

地下鉄七隈線は2005年に開通した地下鉄です。しかし、始点の「天神南駅」は繁華街中心の地下鉄空港線「天神駅」から徒歩10分ほど離れており、開通当初から「不便だ」という声が多かったようです。そこで、七隈線の博多駅までの延伸計画が具体化され、2012年に認可されました。この延伸工事の最中に起きたのが「博多駅前大陥没」だったということです。実家がいつの間にやら「駅近」になり、かつ、「この沿線が更に便利になる」予定という、たまたま、売却には絶好のタイミングだったようです。(別途、出入口が車で4分の福岡高速環状線が、2012年に全面開通しました。)

売却予想価格3000〜3500万円は下記の2点から、算出しました

姉が売買もやっている空家管理会社から売却すると3000万円と聞いていた。→地下鉄延伸工事決定前は1500万円だったのが倍になりそうだとのことでした。

路線価の1.4倍→父の税法上の遺産総額を算出する必要がありましたので、調べました。この時初めて「路線価」の意味と「およそ実勢価格の70%」であることを知りました。これから、3500万円と算出しました。

さて、皆さんはいくらで売れたと思いますか?結果は次コラム(売却編)でお伝えします。

本件から得られた教訓

「忘れがたきふるさと」→8年間しか住んでいませんが、自分にとっても「両親がいた実家」は思い入れがとても深い「特別な場所」でした。兄弟にも言ってませんが、「誰も住まなくなって朽ち果てること」も、自分が自ら「特別な場所を売却すること」も、実は「とても辛いこと」でした。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。