こんばんは!地主の婿養子大家です!

 

先日のコラム『有料コンサルは悪か?』では、たくさんのコメントを頂きました。

コメントの内容も、

各々の方々の考えが読み取れる非常に有難いものばかりで、書いてよかったと思っております。コメント頂いた皆様本当にありがとうございました。

特に、

コンサル実践者の方々からのコメントが印象深く、私のコラムの本意あるところでしたので、わざわざ、何のメリットもないコメントを下さり、本当にありがとうございます。

一度、お読みになられた読者の方々も、

コメントがかなり増えておりますので、是非、お読み直していただけると幸いです。

 

さて、

今日は『イチローとishi郎から学ぶ!』です。

※ishiさん勝手にネタにしてスミマセン

 

イチローと私

先日、

私が勝手に尊敬するイチロー選手が引退しました。私が野球をやっていたことは以前書いたことがありますが、野球に全てを捧げたことがある人間として、また、大人になってからは、『生き方』を見るにつけ、学ぶことが多い人でした。

私は別にイチロー選手と知り合いでもなんでもありませんが、中学の時、オリックスにコネのある同級生の親に連れられて、あのオリックスが優勝した日の試合観戦をし、祝勝会に潜入させてもらった事をTVを見ながら思い出しました。

当時、イチロー選手が廊下で同級生だったか、同級生の親と一言挨拶していた時に、彼を目の前で見た時、TVでは細見に見える彼の体の大きさにびっくりしたことをよく覚えています。あれから、一回りも二回りも体は大きくなっているので、プロ野球選手の肉体が常人と非なるものであることをよくよく感じる出来事でした。

あの時、中学生ながら

彼を天才だと思っていました。メジャーにいく時も絶対に成功すると思っていました。そして、彼は本当に世界一の選手になるわけですが、肝心の彼自身は自分の事を天才と思っていませんでした。

引退記者会見でも彼は、数々の名言を残してくれました。マスコミは、イチロー節を面白く取り上げたりしていましたが、私は、彼の一言一言を感動で泣きながら見ていました。特に強いファンでもなく、単に、尊敬していただけでしたが、涙が止まりませんでした。

一応、コラムを子供に残すつもりで書いている部分もあり、

今日は、

実践コラムから少し(大幅に?汗)外れてしまいますが、記者会見の彼の言葉を勝手に振り返り、私なりに子供たちへ今の私の考えを残しておきたいなと思います。

 

【イチローの名言】

⇒以下は、彼の名言に対する私の考えや、思い。

①記録や獲得してきたタイトルは本当に些細なことで、それよりも去年の5月から試合に出られない状況になり、それでも、チームの為に最後までやり抜いていなければ、今日と言う日はなかったと思う。ひょっとしたら、そのことは誰にも出来ないことだったかも知れないと思う。

数字で表れる結果よりも

『生き方』

を大切にする彼らしい誇りだと思いました。

 

②ファンの存在について。ある時から、人に喜んで貰うことが一番のエネルギーと変わった。それなくして、今の自分はないと思う。

ある時までは、

あくまで自分が主役で、自分が活躍することがファンの喜び等につながるという考えだったのが、

それが、

人の為に何かを頑張ることが自分のエネルギー

へと変わった。

 

③貫いたものについて。野球のことを愛したこと。でも、肩の力が抜けたことはなかった。

それが、

プロ意識

なんだと思います。

私なんかでは想像も出来ないプレッシャーと毎日戦ってこられたと思うので、想像も出来ませんが。。。

ただ、

彼にとってお金を稼ぐ手段は最後まで愛することが出来るものだった。

私にとって、

おそらく、

不動産はずっと愛することが出来るもの

ではあります。

それが、

子供たちにとってそうであるかは分からない。

結局、

不動産経営を子供に継承することが、子供にとって幸せかどうかは分からない。

その時にどうするか?

私は地主であり、守るべきものがあると思います。

そのことを子供が楽しめるかどうか?

はまた別問題。

だとすると、

私は子供と一緒に考えなければいけない時期が来ると思っています。

お金儲けの為だけの不動産賃貸業

       と

生活の一部である不動産賃貸業

は歩み方が全く異なると思うので。

 

④去年の春、引退でもおかしくなかった。寒い時期から自主トレ開始。心が折れる。

苦しくて苦しくてたまらない一年を妥協することなく無我夢中で耐え忍んだ一年があったから、あの日本での引退セレモニーを迎えることが出来た。

天才と言われ一流の中の一流の人でも

われわれ一般人と

同じようにつらくて

同じように耐えて

その過程を大切にしている

ように感じました。

 

⑤死んでもいいっていうのはこういう時に表現なんだなあと思った。

お金を稼ぐことだけに人生を費やしたとして、

『死んでもいい』

と思えるような瞬間には出会えないのかも知れません。

自分の『生き方』を貫けた時にはじめて

そう思える瞬間に出会えるのかも知れません。

それは、

本業でのやりがいかも知れないし

家族との幸せなのかも知れないし

仕事の中にはないのかも知れない

私にとっては、

不動産の中から生まれるかも知れない

と今は感じています。

ただ、

それは単にお金を稼ぐことからではない

と思ってもいます。

 

⑥50歳まで現役。結果的には有限不実行になってしまったが、言葉にしていなかったら、ここまでやれなかったかもしれない。

私はこれを

言葉にする≒責任を持つ

的に捉え、

自分を追い込む為に、言葉にするのかなと思っています。

言霊

誓い

みたいなものでしょうか。

 

⑦野球に対して費やしてきた膨大な時間をこれからどうするのか?この質問には、分からないと答えながら、でも明日もトレーニングしているだろうとのこと。

サラリーマンの場合は、退職後に陥る問題に似ているでしょうか。

ただ、

不動産投資である程度成功出来れば、

その時点から、

時間の使い方の問題が出てくると

思います。

うまく言えませんが、

不動産投資に金だけを求めても続かない

とも思います。

 

イチロー選手のトレーニングのように大家業を捉える人は、

大家業はその気になれば80歳くらいまでは余裕で出来るでしょうし、

そうでないならば、

将来における、

自分の卒業時期について

イメージしておいた方が良いとも思います。

 

⑧『生き方』について。『生き様』とは言わなかった。人より頑張ることなんて到底できない。あくまでも、『秤』は自分の中にある。自分なりに、自分の限界を見ながら、少しずつその『限界を超えていく』。少しずつの積み重ねでしか自分を超えていけない。一気に高みに行こうとすると、今の自分の状態とギャップがありすぎて、それは続けられない。ある時は後退しながら、ある時は後退しかしない時もあるけど、自分がやると決めたことを信じてやっていく。それが、正解とは限らない。それでも、それでしか自分を超えていけない。

これが最も私の心に残った言葉でした。

これは、昔の野球だけの自分の時は、自信を持って、同じことが言えましたが、地主の婿養子になり、余裕が生まれて怠けてしまっている今、共感尊敬はすれど、自分には当てはまらなくなってしまいました。汗

ただ、

この言葉は、

不動産投資には金言にもなると思います。

素人・初心者の方々は、

私や成功大家が今のステージで行っている行動や考え方を参考にしても

一気には登れません

この言葉を、愚直に不動産投資に当て嵌めて考えてみて欲しいと思います。

こうやって冷静に考えて見るとハッキリわかることがありますが、

私がコラムを書くのは、

読者の皆に

一気に不動産投資に成功して億万長者になって欲しいからではない

のだと思います。

地道に少しずつ成功して

より良い人生になるキッカケになれば

と思っているのだと思います。

もしくは、

大きな失敗をしたり

器を超えたことをして

人生を台無しにしてほしくない

のだと思います。

 

確信はもちろんありませんが、

私は、

地主の婿養子にならずサラリーマンであっても、より良くなるために頑張っていたと思います。

ただ、その『秤』が変わってしまっただけだと思っています。

 

他にも心に残った言葉はありますが、便利な世の中だからネットで簡単に確認できるし、その内、誰かが本を出すかもしれないので、それでも買おうかと思います。

 

ishi郎と私

ishiさんスミマセン。

どうしても書きたかったコラムのお題目とishiさんのこのあいだのブログが凄く交わるものがあったので。汗

お題目は

『生得的と習得的』

です。

 

生得的とは、本来備わってい先天的なもののこと。

習得的は、対義語として後天的なもののこと。

と認識しています。

 

この業界でも、

天才的投資家みたいに人もいるのでしょう。

でも、それは

誰が誰と比べてそう思うのでしょうか?

おそらく、他人が他と勝手に比較しているのだと思います。

勿論、

自分の力量と他人の力量を測れる能力は大切だと思います。

結局、

自分の壁を越えていくのは、自分でしかなく、その『秤』は、十人十色だと思います。

 

私は、高校までの人生を野球に捧げてきました。特に、小学校高学年から高校3年生の夏まで。

生得的には

そこそこ運動神経も良く、中学までは周りと比較してもずば抜けていました。でも、高校では、線が細く、どれだけ鍛えても、大きくなりませんでした。

高校では、

筋トレをしなくても、スクワットで200kgあげる奴や、走り込みをしなくても50mを6秒切るような奴、背筋力もプロレスラーみたいに強い奴。

結局、

3年間毎日頑張っても、届かないものを感じてしまいました。唯一、肩は強く、遠投は110mでしたが、ピッチャーとしては出ても球速130kmくらいだったんじゃないかなと思います。

簡単に言えば、

甲子園を目指す高校では、ギリギリレギュラーになれるかなれないか。みたいな選手でした。

ただ、毎日、毎日、努力を重ねたからこそ分かったことがあります

それは

私は野球でプロにはなれないだろう

ということです。

そこから勉強を頑張り、浪人して、大学へ行き、留学をし、妻と出会い、結婚して、婿養子になり、今に至ります。

燃え尽きてなければ、大学でも中途半端に野球を続けていたかも知れません。そうすれば、今とは違っていたと思います。

 

何が言いたいのか?

 

才能なき者が、

遠回りをしたことが無駄だったか?

 

私は決して無駄ではなかったと思っています。

 

そして、

不動産投資では、

生得的に優れるものだけが成功するわけではない!

何故なら、

不動産投資の目的が、人ぞれぞれだからです。

結果を他の投資家の誰とも競い合う必要などない。

 

必要なのは、

イチロー選手の言葉にあるように

『自分なりに、自分の限界を見ながら、少しずつその『限界を超えていく』。少しずつの積み重ねでしか自分を超えていけない。一気に高みに行こうとすると、今の自分の状態とギャップがありすぎて、それは続けられない。』

 

天才と凡人では、

得られるものの大きさは違うかも知れませんが、

不動産投資では、

時間が解決してくれる部分が大いにあると思います!

例え、そのスピードが遅くても、

その『秤』が自分の中に存在していれば何も問題ないと思います。

そのためには、

不動産賃貸業の本質

をしっかり理解しなければなりません。

 

総投資額24億円の私も満室経営。

戸建1戸でも賃貸中なら満室経営。

同じです。

 

何が言いたいか?

 

ishiさんがブログで発信されている

不動産賃貸業には生得的な能力も必要だと考えますが、

それは、

その業界に臨む姿勢的な話

であったり

業界で大きく躍進できる可能性

への言及であり、

自分を見つめる視野の話

言わば、

馬鹿みたいに自分の中の『秤』も持たず、規模拡大している人への警告だったりするのかも知れません。

 

空室を埋める

という事象に関して言えば、

経験から来る習得的な能力が大部分を占めているともいえると思うわけです。

 

そのことは、

不動産賃貸仲介会社の営業マンの多くが

20代

30代

と若く、

ビジネスマンとして極めて未熟でも客付け出来ていることが証明しているように思います。

 

うまくまとまりませんが、

 

同じ年代の人生の先輩で、

その道のプロの方から学ぶことを考えるにつけ、どうしても記しておきたかったのでコラムにしました。

 

あなたは自分だけの『秤』を持っていますか?