不動産投資は長期投資と言いますが(それは不動産との関わり方次第なところも。)、そんな長期の不動産投資では、どうしても将来を見据えていくことが大切になる。今回はそういったお話です。

 長い時間を不動産と付き合っていく間には、周りの環境も変わっていくもので、自分も家族も年を重ねて異なったステージに突入していく。それも当然、考えての不動産とのお付き合いが必要になりますが、同年代の配偶者はまだいいとして、子供世代では、不動産とのお付き合いも変わっているかもしれません。

 

 以前、テレビで、例えば高収入であっても立地のいいところに住むのは大変で、そんな処に先祖代々の住んでいるなんて羨ましいなんて話がありました。高収入かどうかだけではなく、どれだけの資産を保有しているかが大切だと言うことでしょう。ただ、それも現時点だけを切り取ったらの話で、その資産にしても、昔々、先祖の誰かが苦労して手に入れたモノであることは間違いありません。

 

 それにしても、年齢によって不動産をどう捉えるか、かなり違うように思います。とにかく、最近のテック事業と言うのは、空いているモノを発見・活用することが上手で、その恩恵を受けている年代は所有することより利用を重視するのは当然のこと。

 

 それに加えて、ここ数年の自然災害の多さもあります。所有より利用することが魅力的に映って当然かも。

 

 日本の場合、社会制度はすでに時代遅れで疲弊しているにも関わらず、解決を次の世代に先送り状態。金融政策にしたって、つまるところ、そのようなもの。世代が違えば、大違いです。

 

 不動産神話が崩れたとは言え、心のどこかで不動産に憧れを持つ世代と、全くそこから切り離されて、コレから何十年も働く世代とでは捉え方が違っているでしょう。

 

 さて、現在、日本の不動産がそれなりの高値になっているのは、実体として需要があるからか?ちょっと違うように思うのは私一人だけではないのでは?今でも、実体のないハコモノ投資の残骸を見るとちょっと虚しい。

 

 本来なら、資金が事業に向かうように金融政策を打っているものの、会社も事業への投資に及び腰、ベンチャーレベルでも同様だったりします。それでも銀行はどこかに融資をしたいもの。他にはグローバル化に伴う逃げ足の速い資金の流入。そんないマネーが一杯。そういうことかなと。

 

 そういった金融経済の恩恵を受けて高値状態となった不動産と、実体経済の恩恵を受けている不動産とは一緒にならないですね。以前、G○○その他が集積するシリコンバレーを中心にサンフランシスコの不動産価格が極端に高くなっているとニュースになりましたが、そのような需要に応じた不動産価格がやはり望ましい。振り返って、保有不動産はどうなのか?

 

 先祖代々の話がありましたが、自分達も先祖になるのなら、せめて次の世代の視点から見て資産価値があるか否かは判断したい。

 

 資産価値と言っても、実体がない相場であれば、どこかで崩れる。現在、世界が金融政策に夢中になっているので、まだまだ崩れることはないとは思っていますが、その分、金融と実態とのギャップが大きくなっているのも確かで、その衝撃がどれ程のモノかは想像ができないところがあります。

 

 その衝撃があまりに大きいと、賃貸需要は減退し、不動産価格が下落すると思うもの。そのとき、いや大丈夫とどこかで思っているとしたら、その理由は?

 

 注意しないといけないのは、銀行の不動産への融資姿勢が銀行業界の構造変化自体に起因していること。不動産は資産として大事なものの、日本ではその担保評価がこれまでより厳しくなっていく可能性大(政策として新築を促していた頃とは、ますます違ってくるような。)。

 

 将来への需要見極めを、次世代の視点で考えてみようと思う今日この頃です。

 

 次回もよろしくお願いします。