「この先、君の席は東京には無いんだ、地方ならあるかもしれない、行けるかい?君は子供小さいからむずかしいかな?!」と静かに言われました。

何日か考え、家族も子供も居ましたが、意地で「単身で行かせていただきます」と言うと、なんと!「その話は無くなったんだ」 え~~!?

 

ああ良かった、となるはずはなく、

「いずれにしても身の振り方を考えてほしい」と静かに責められ続け、ついに体調を崩してしまいました。つけられた病名は心の病です。サラリーマン30年やっていれば、山あり谷あり、涙したことも、朝まで作業したり、上司に伝えられずに外で立ち尽くした日々もありますが、病気にはなりませんでした。

医者からも休まないと死ぬぞ、と言われました。

悩んだ末、というより、体が動かなくなり、「やっぱり休もう」と決め休んだものの、良くなることもなく、1年後には退職を促され、戦う気力も体力も無く、退職制度を利用して退職しました。わずかに残った運は、この退職制度で上乗せがあったことです。

 

(初めて聞いた単語「傷病手当金」なるものをもらう)

そして、社会的サポートの類を一切、受けたことのない私でしたが、健保組合の「傷病手当金」を知り、申請して受けられました。これは最長18か月にわたり、ボーナスを除く月給の約7割の金額をもらえるのです。これが考えながら行動する時間を私に与えてくれ、また少しでも心の余裕を得られたのです。

余談ですが、給料の7割といっても、傷病手当金は非課税なので、月給に課税された残りの手取りと案外変わりません。体の病気、心の病気に掛かってしまった方は、とにかく医者に掛かり、病名を付けてもらうことから始めることをおすすめします。

 

(在職中に診断されなければならない!)

診断は!絶対に!「会社員である間」でなければなりません。退職してからの診断ではダメです。

 

(辞めたはいいが、さてどうする?)

さて、お気づきのように、私は計画的に準備して早期退職したわけではないので、計画も展望も何もありませんでした。

しかし休まなかったらおかしなことが起きかねないことはわかっていました。まず休んだのは正解でした。何か月かすると、少しずつ気持ちはラクになり、死にかけの心を取り戻していけそうな気がしました。

 

(いずれにしてもサラリーマンは怖すぎる)

しかし、「サラリーマンとして働くこと」のリスク、一瞬先は闇、をいやというほど思い知らされた私にとって、この先働けるようになっても、怖すぎてサラリーマンには戻れない、と考えるようになっていました。

あんな危険な職業はありません。

落ち着いて考えれば、リスクがあるのはサラリーマンに限らないのですが、「自分自身で決断のできない状況によって生じる結果(どんなに異常な上司に運命を握られてしまう)という構造」に、自身の納得感がゼロであることは、ほかのリスクとは少し種類が異なっていました。

 

(予告・・)

退職後、どのように生きることになったのかは少し後回しにして、次回は、サラリーマン時代に接した不動産投資の数々に触れ、それぞれのメリット、デメリットを私なりに整理してみたいと思います。