こんばんは!地主の婿養子大家です!

 

そこにあるもの

 

本日、

2020年9月13日21時をもって、あけぼの会という善意の大家グループがその幕を下ろしました。

 

確か、僕が楽待コラムニストになった2018年2月7日の1週間後、

2018年2月14日

に結成された会だったと記憶しています。

完全無料とライングループ大家の会です。

 

その1年後くらいに会長に声を掛けて頂き、確か僕は会員になったと記憶しています。

そこからの1年半。

どれくらいの相談コメントに回答したか覚えていませんが、大半の相談コメントには返信していたと記憶しています。

この会に所属していた何人の人が心から会長に感謝し、あけぼの会に入ったことで良き大家人生を送ることが出来るのだろうか。

本人も計り知れないこと。

でも、

きっと一切の妥協を許さずに、自己を犠牲にしてきた本人にとっては、晴れやかな気持ちなのではないだろうか。

 

逆に、会員にとってはどうだろうか。

ラインの会員一人一人が退会処理されていくのを見て、何とも言えない感情を覚えた。

 

そこにあるものは当たり前ではない。

 

同じような会がこの日本のどこかにあるのだろうか。

僕がよく口にする、感謝の先送り、恩の伝達。

受けてきたものをどのような形にしていくのだろうか。

多くの人はきっとその存在は覚えていたとしても、そこにいたことで変わったかも知れない人生のエピソードは二度と帰ってこない。

同じような会があったとしても同じではない。

 

そこにあるものは長くは続かないのかも知れない。

 

自分に置き換えてみる。

 

ここで出会ったメンバーたちとの縁

ここで毎日交わしたやり取り

当たり前のようにコメントをくれる人

当たり前のように読んでくれる人

 

そして、

当たり前のようにそこにいた自分。

 

そこにあるものは決して当たり前ではないことを痛感した。

 

決してやめようと思ったわけではない。

ただ、

続けようと思っているわけでもない。

 

惰性で書いているつもりは一切ない。

気持ちを込めて書いているつもりだ。

 

だけど、何かが足りないような感覚に陥る。

 

会も新しい形で有料サロンとして再出発することになっている。

 

でも、

あけぼの会にいたけど縁がなかった人とは二度と縁はないのだろうと思う。

 

何か、それが痛烈に淋しい感覚を覚えたので、コラムにしている。

 

きっと、

ここを去る時に僕は涙しながらコラムを書くのだろうと思う。

 

そこにあるものに手が届くまで書けるのかは分からない。

 

そこにあるものは永遠のものではないのだから。

 

会長、2年半年。お疲れさまでした。