平成28年に私は築古RCをほぼ全空で購入しました。
その物件の入り口は全部で8つあるのですが、そのうち2つは入り口が釘で打ち付けられ、塞がれていました。購入後に開けてみるとカビと水がそこにありました。
リフォームというよりもなんとか住めるようにする原状回復やプロパンガス会社の変更に時間がかかった(というより妨害された)こともあり、募集がかけられるようになるまでに3ヶ月かかりました。このあたりの話は長くなるのでまた今度にしたいと思います。
(一応断っておくと、再生物件の最初はむちゃくちゃ大変です。やるならジョルノ・ジョバーナ並の覚悟が必要です。)
この話は私が自作のチラシを必死でポスティングしていた頃の話です。なぜならこの物件の融資条件は据え置き期間が8ヶ月設定されており、9ヶ月後には元本の返済が始まるからです。9ヶ月後の元本および金利の返済金額は57万円。元本返済が始まるまでに10数部屋が埋まれば持ち出しにならない計算でしたが、普通に寝られない日はありました。
あまりに何度も確認していたため、私はこの数字を忘れることはありません。
当然のように誰でもウェルカムで募集していましたが、ベトナム人がこの物件の1部屋に3人で住みたいと言ってきました。私は普通にオーケーしました。私は所有する他の物件にも10数人の外国人が入居しており、割と耐性がついていたので外国人であることはあまり気にしませんし、ゴミの分別が絶望的にダメなのも込みで了解していました。
今回の話はこのベトナム人の3人組の話です。
【ベトナム人と所有権の話】
その日もゴミステーションを見に行き、底の方に変な物が溜まっていないかな?(よくあります・・)と確認して帰ろうかなと思ったのですが、今回の問題はそこではありませんでした。ゴミステーションの前を見ると、
上記のベトナム人が物件の敷地の土をスコップで掘り起こしているではありませんか!
(その時の現場写真)
慌てて彼らを叱り、それはダメだと身振り手振りで言いました。さすがにこれはアカンと思ったので、強い口調で言ってしまい、彼らもシュンとしてしまいました。(その時の写真)
しかし、彼らのうちの一人はそれでもしっかりとした口調で
「私の国では生産物は育てた人に所有権がある!」
と言いました。
それは、ジョルノが「このジョルノ・ジョバァーナには『夢』がある!」と言った時ぐらいしっかりとした日本語でした。
私は思わず動揺してしまいましたが、
①彼らが悪いということと、
②もう2度とこんなことはしないということ
を確認してその場は終わりました。
また、話してみるとかなり日本語が達者な印象を受けました。彼らもやってはいけないという概念自体がなかったようなので、納得したのかそれ以降は土が荒らされることはありませんでした。(当たり前かも・・・)
【まとめ】
それでも私は彼らを嫌いではありません。後日、彼らや他のベトナム人の話を聞く機会が多くなったのでわかったのですが、私の物件に入居しているベトナム人は皆、2年間の語学学校に通ってから近くの工場などで雇われています。
私のエリアの語学生や工場勤務の子らはたまたまかもしれませんが皆まじめで素直な子ばかりです。
(兄弟で出稼ぎに来ていたベトナム人がやらかして強制送還されたことはありますがこれは除外www)
なんだかきちんとした子らばかりだなと思っていたらやっぱりそうでした。全員ベトナムの大学院を出て日本の語学学校に入り、日本で就職を希望した子でした。私はベトナムのことはよく知りませんが、彼らが言うには「ベトナムの大学院は少ないし大学院を出ている人も少ない」そうです。
大学院卒でその後さらに2年間の語学学校に通った非常に高学歴で語学力のあるハイスペックな若者(ただし生産物とか所有権とかいった単語を振りかざす)が近くの工場やコンビニで働いているのをみていると、
「生まれる場所って大事だな」と思いました。
例えば日本は人口10万人あたりの自殺率が世界で7位、G7では1位という不名誉な実績がありますが、日本に生まれて平均年収の400万円前後を得ている平均的な日本人は世界で1%以内に入る裕福な人類であるという事実もあります。
日本に生まれたというただそれだけでラッキーなのかもしれないということです。
日本に来ている彼らベトナム人はベトナムの上位1%以内の知識層に入っているかもしれませんがその多くは日本人の平均年収を手にすることはありません。
私の物件に入居いただいている彼らベトナム人が実家の田畑を抵当に入れて日本に来ているかどうかは知りませんし、彼らが通っている語学学校の中国人理事長がお金を持って逃げたことも関係なく、私は彼らが日本で辿れる道筋やキャリアがあってもいいのでは?
(むしろ日本の将来を考えた場合、その方がいいんじゃね?)
と思っています。
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