不動産賃貸業を営む以上、避けては通れない経験があると言われます。

それは、「入居者の死」です。

今回の話は5年ほど前の話で、私の所有する物件の1室に住んでいた男性の老人の話です。(以下、彼といいます)

 

彼は早朝の新聞配達員をしており、その給料と少しの年金だけで生活していました。

私がこの物件を購入した時点ですでに彼がこの物件に入居してから十数年が経過した状況でした。

 

 

【前日譚】

彼には前日譚があります。

私がこの物件を6年ほど前に購入した折、この物件の各入居者に菓子折を持参してこれからよろしくお願いいたしますという挨拶をしていたのですが、この部屋については何度ピンポンを押しても応答がありません。

日中は家にいると聞いていたのですが、「配達は朝だし寝ているのかな」と思いその時は帰りました。

そしてまた別の日に伺ったのですが、何度ピンポンを押しても応答がありません。

諦めて帰ろうと階段まで歩いていたその時、『ガチャリ』と扉が開き、彼がこちらを見ました。

私は『よかった。ちゃんといらっしゃった!』と思い、彼に菓子折を渡し、これからよろしくお願いしますと言いました。

しかし彼は私の話に「うん」と言うだけで上の空でボーっとしており、特に会話になりませんでした・・。

 

 

 【うわー、ついにきたかーと思った話】

それから1年ほど経過したある日、管理会社を通じて私に彼について以下の連絡がありました。

 

その概要は以下の通りです。

・彼が新聞配達に来ないという連絡が新聞配達会社からあった。

・新聞配達会社も彼の連絡先を知っているので彼の携帯に電話したが電話に出ず、部屋のピンポンも鳴らしたが全然反応がなかった。

・警察を呼んで一緒に彼の部屋の確認をしたいので了解して欲しい。

 

私は、「うわー、ついにきたかー」と思いました。

 

管理会社からの連絡の時点で私の日程を確認し、できれば私が警察と一緒に現場に行きたかったのですが、あいにく時間の調整ができず、警察との現場確認は管理会社に行ってもらうことになりました。

 

もうこうなってしまうと現場確認後の連絡は、

 

①部屋で生きていた

部屋でお亡くなりになっていた

夜逃げしていて部屋はキレイだった

夜逃げしていて部屋が汚かった

 

ぐらいしか選択肢がないですよね・・・。

 

ついに②が来ちゃったかなーと思いながら現場確認の連絡を待っている間、私はHUNTER×HUNTERが連載を再開した時のようにドキドキしていました。

 

数時間後に管理会社から事の顛末の電話がかかってきました。

私は動悸を押さえながらその話を聞きましたが、管理会社からの電話の第一声は私を安堵させるものでした。それは、

「結論から先に言いますと、生きてました。」

でした。

 

【現場の概要】

警察と管理会社が入り口でピンポンしても、扉を叩いても反応がなかったので、予定通りマスターキーで部屋の扉を開けました。

すると、玄関入り口そばに横たわる彼の姿があったそうです。

警察は彼に「大丈夫ですか?」と声をかけるのですが彼は答えず、

何度も「大丈夫ですか?」と呼びかけると、

 

彼は小さい声で、

「うん」

と言ったそうです。

 

彼は非常に衰弱しており、そのまま救急車で運ばれ、病院での治療によりその後回復しました。

 

その時に彼の部屋を見回すと、入り口付近に突っ伏している彼の周りに発泡酒がキレイに円状に置かれていたそうです。

 

(こんな感じです)

 

 

後で分かった事の顛末は、以下の通りです。

 

・彼は重度のアルコール中毒で普段から酒を飲んでいてボーっとしていたが、アルコールはやめられず、買い続けていた。

・食べ物を買うお金も発泡酒に使ってしまってなくなった。

・なけなしの体力がなくなり、入り口付近で突っ伏したまま動けなくなってしまった。

・動けないので手探りで発泡酒を飲んでいた。

       ↓

こうして現場ができあがりました。

 

突っ込みどころはあるかとは思いますが、何はともあれ私はホッとしました。

 

 

【後日談】

彼がその後どうなったかについては後日談があります。

彼は病院で一命を取り留めたのですが、回復したとしても退院後に一人で生活するのは難しいという医師の判断となり、彼が住んでいた部屋についてはそのまま退去することになりました。

 

彼の部屋は長く住んでいただいていたこともあり、退去時精算が先方負担分だけでウン十万になったのですが、明らかに彼には支払い能力はありません。

 私には家賃を滞納した挙げ句、窃盗をして捕まるからと夜逃げをし、住民票を変えないまま逃げ続けている元入居者がいたりしたので、こういった件についてはやや諦観があり、今回の件については半ば回収をあきらめていました。

(ちなみにこの窃盗犯について少し補足すると、保証会社は最初から通りませんでしたし、住民票に変更がないので現在も捕まらずにいます。そもそも住民票を変更しないで何年も生きられるものなのでしょうか?それでも唯一良かったことはこの時の夜逃げ後の部屋は上記の③のパターンで、現場はとてもキレイで残置物もなかったことです。)

 

また、一人で生活することが難しい彼は現実問題として今後どうするのかという話もありました。

 

しかしここで救いの手が差し伸べられました。

 

彼がこの物件の前の持ち主と交わした賃貸契約時の賃貸契約書には連帯保証人が記載されており、その連帯保証人には彼の兄の名前がありました。

そこに連絡先の記載があったので管理会社も私も彼の兄に連絡したのですが、連絡がつかず、連絡がついたのは事件から少し経った後でした。

連絡がついても、当初彼の兄は

「もう、弟とは縁を切っていて一生会うこともない」と全否定してきました。

彼の兄が言うには、

「弟は一族から勘当されている」

そうです。

 

何か相当悪いことをしたそうですが、それでもなんとかして欲しいとお願いしました。

 

その後しばらくして、

彼の兄は彼のいる病院に来て十何年ぶりかの兄弟の再開を果たし、

衰えて一人では生活が難しい弟を引き取り、

退去時精算分も全て支払っていただけました。

 

あぁ神様って本当にいらっしゃるんだ思った話でした。