皆さんこんばんは。

 

そして約1カ月半ぶりです。皆さんお変わりないですか?

 

先月は、不動産屋さんとしては1件の決済、1件の仲介をお世話させて頂きました。

投資家としては、1件の契約、2件の買い付けを入れました。不動産屋と投資家の境界線がイマイチ曖昧になってはいますが、やはり社員を抱えて組織を作ってない以上、自分は大家さんだとは思ってます。

 

プライベートでは、息子の高校進学が決まりました。

 

推薦入試なので、論文と面接だけだったわけですが、一般入試の緊張感を回避したことが彼の人生にとってマイナスにならないのかを少し心配してます。

そして、その高校に親のエゴで誘導してしまった感があります。理由としては、大学の推薦枠の多さでした。私立で学費は高いけれど、長い目で見たら教育への「投資」としてトータルコスパは良いのではと。

私立って進学率の高さがその高校が存続できるかどうかの生命線で、公立とは進学にかける先生方の気合が多少違うのじゃないかと勝手ながら思ってます。3月から既に補講が始まるし(彼はまだ知らない。先に言うと受験したがらない可能性がありました。さぞショックでしょう)。

「県立で進学率が高い学校は沢山あるじゃないか」って意見も勿論あるとは思いますが、それは講師陣の実力※ではなく、その県立に集まる優秀な生徒たちの実力が大きいと思います。当然、熱心な先生方は多くいらっしゃるはずですが、あくまで相対的な話です。

日経記事で証券会社の運用成績ランキング上位のほとんどがネット証券でしたが、そもそも将来性のある銘柄を選択できるプロが手数料の安いネット証券に集まるのと同じです。

※国公立大学は高校とは違うと思ってて、偏差値が高い大学に優秀な先生が集まりやすく、転勤もないです。教授はスカウトだったりとも聞いてます。優秀な先生から学んだ方が勉強になりますよね。ちなみに僕は地方のマイナー大学でした(^^;

 

ただ、我が子が受験で苦労しないようにレールを敷いて受験を回避させていくことが、将来挫折を知らない社会人になって痛い目に会うんじゃないかというジレンマもあり・・・親バカです

 

私のサラリーマン時代の経験則は、過去に挫折したり、お金に苦労したような人こそハングリーで成功率が高かったように思います。

最近は「そうとも言えないな」とも実感してますが、以前所属していた住宅会社を外からぼんやり眺めてて思うことを記事にします。

 

骨抜きにされる分業制

 

目次

1.マンパワー時代

2.再現性

3.分業制

4.そして骨抜きへ

5.まとめ

 

 

1.マンパワー時代

私が現役バリバリの営業マンの頃は、工程の前後はあるもののお客様探し⇒プラン提案⇒資金計画提示・融資相談⇒見積⇒ご契約⇒仕様打合せ⇒工事中のフォロー⇒引き渡し⇒アフターフォローまで、全て一人で完遂することが当然であり、美徳とされておりました。この一連の仕事が同時並行に何件も重なりますので、自分の分身が何人も欲しいくらい時間も足りなくなり、パニックに陥ります。とにかく、時間に飢えてました。

物理的に業務の時間が不足しており、毎晩深夜12時を越して帰宅するのが常識です。店長ともなると、「プレイングマネージャー」という少しカッコいい呼び名の元、売りながらメンバー管理もするという人間の限界を超えた仕事量が降りかかってきます。つまりブラックです。

今思い返すと身の毛もよだつ異常な仕事量でしたが、「お客様探し」というゼロから始めて、お引き渡しまでの一連の業務サイクルを学ぶことが出来ました。まさに修行といえる日々でした。

 

 

2.再現性

ある日、後輩からこんなことを言われました。

 

「店長のやってることは再現性がない」

 

これはショックな発言で今でも頭にずっと残ってます。

 

私の時代はバリバリの先輩は営業手法をなかなか公開してくれないのが当たり前、営業会議で支店長が優秀な営業にコメントを求めても「たまたまです」ってスカして返すのがある意味カッコいいという空気でした。

それが、だんだん許されない時代に突入してきて、サラリーマン後半(10年前くらい)は自分だけが成績を伸ばすことがダサいという空気すら醸成されてきました。

退社する数年前くらいから過去を反省して「○○店長塾」みたいな勉強会を開いてみたりしました。相手にノウハウを伝えることの難しさや資料作りなど大変勉強になったのを覚えてます。情報・ノウハウはまずに発信することの意義を学び、それは不動産投資家としての現在に生きています。

 

 

3.分業制

今でも住宅会社の元同僚と交流があります。最近は「工程(プロセス)ごとに分業制になってきた。」と耳にします。

契約担当、打合せ担当、アフターサービス担当など、細かく役割分担されているとのことです。

 

分業制により、現性は増したはずです。全ての業務を教え込むより、あるプロセスを徹底的に学ばせた方が業務スキルのハードルは下がります

 

会社はホワイトカラーランキングで新聞でも上位で取り上げられるようになり、子どもが生まれたら男性社員も長期育休が取得できるようになりました。それは、分業制でプロセスごとに担当がいるおかげで実現しています。

ブラック体質だと、そもそも新入社員が希望してきません。以前は幾分隠すことは可能でしたが、ネット社会の現代では即バレします。

 

鶏が先か、卵が先か。

 

私がいた頃のように、サービス残業当たり前で極限まで働き、ついて来れる人だけ生き残る。人材を使い尽くすという意味では企業にとって生産性は高いのですが、それは団塊ジュニア世代迄の話。

そんな風土では一瞬でネットに晒されて、新入社員や中途入社の方々は入ってくれなくなりました。

休みやすい、代わりがきく環境づくりの為にも分業制は有効でしょう。その代償として個の能力のアドバンテージは薄まったと言えます。

 

皆さんの会社でも、知り過ぎてる社員って扱いにくくないですか?

 

 

4.そして骨抜きへ

こうして、ある工程しか出来ない社員が大量生産されていきます。それは現代に即しているのだと思います。自身の得意分野の検証もできるでしょう。

ただ、それぞれの工程を一通り経験して学べばいいのかも知れませんが、何年も前のプロセスなんて内容も感覚も忘れてしまいますよね。

 

結論 起業のハードルが上がります。

 

業務プロセスって、最初から最後まで一気通貫で経験してみないと、業務の繋がりが理解しづらいはずです。

自分自身、ある工程で力を抜いたせいで、別工程で苦労したり、他の社員に迷惑をかけたという経験もしました。一通り業務プロセスを学ぶことでミスを防ぐために事前に予防線を張る等、業務を大局的に見通すことが出来るようになると思うのです。

 

 

とある、大所帯の司法書士事務所の経営者が言われてました。

 

「オールマイティに業務が出来るエース級社員はいらない。なぜなら、他の同僚を引き連れて独立してしまう」

 

もはや時代は有能すぎる人材を求めてないのでは・・・

 

もしあなたが突き抜けた能力があり、これから就職や転職活動をするのであれば、その能力を隠して面接を受ける必要があるのかもしれません。

 

5.まとめ

 

・昔の会社は一連の業務を個で抱える必要があった(マンパワー重視)

・情報、ノウハウは抱え込まずに発信するほう自身の成長に繋がる。

・再現性のない能力は求められない時代

分業制により、再現性は増した

・分業制でプロセスごとに担当がいることで代替が容易となった

・個の能力のアドバンテージは薄まった

ある工程しか出来ない社員が大量生産=起業のハードルが上がった

・エース社員はもはや求められていない

 

 

私の経験した団塊ジュニアの世代は就職氷河期だったり、受験戦争だったり不遇の時代とか言われてますが、逆風に負けず乗り切ることさえ出来れば、その時代を生きたこと自体がアドバンテージを得ていた可能性があります。

あまり気負わず、会社を人生のステップアップの修行の場として利用するくらいの感覚を持ちましょう。先は長いです。

 

ではでは。

 

追伸

 

悩ましい家を買いました。

 

 

 

なにかと困るって、脳の刺激になりますよね。